第4話 : 勇者 (裏話)


 これは、本筋に関係ないお話。都内某所で、秘密の会議が行われていた。


「見つかったのか?」

「いいえ、精霊個体『シルフ』の消息は不明です」


 尋ねた男は、左手に剣を持っていた。鞘に入って、装飾そうしょくはほとんど無い。柄は黒く、まるで何かの液体で染められたかのように、色のムラがあった。

 顔には傷があり、黒いスーツを着ている。金色の髪をしていて、顔立ちは明らかに日本人ではない。白人のように肌は白く、イタリアかロシアあたりのマフィアと言われても信じてしまうだろう。

 その男は勇者で、名前はローラン。


「ローラン卿、東京、千葉の『魔法少女』残党は、ほぼ殲滅が完了しています。今後の予定は?」

「勇者連合の日本支部は、これより各地に散った敵残党を撃滅する。年端もいかぬ子供風情に、これ以上の遅れは取るな」


 同じく黒服を着た男が、その言葉に頷きを返す。


「たった今、魔王連合より増援の要請が入りました。どう返答しますか?」

「承知したと伝えろ。日本はほぼ制圧が完了しているので、人員を削減する」


 勇者連合、そして魔王連合、それは過去、地球とは別の世界で戦争を繰り広げていた存在である。お互いに憎み、殺し合い、憎悪の炎が世界には満ちていた。

 しかし、世界が滅亡すると知った時、団体の、国家の、世界の盟主であった者達は、裏で結束した。異世界へと侵攻し、その世界を奪ってしまえばよいと考えた。


 だが、ひとつだけ問題が生じた。最初に攻め入った世界は、魔法少女という異能が使える少女たちが存在していた。個の能力が高く、魔法少女が三人いれば、勇者と魔王の一個分隊(八人)と実力が拮抗きっこうするほどだったのだ。

 そこで、最終的に使ってしまったのが、勇者と魔王が、世界を滅亡へ追い込んだ力だった。二つの世界は、終末までのカウントダウンを進めることになってしまった。世界は崩壊へと向かっていった。


 この頃になると、勇者と魔王の世界は、異世界への侵略ではなく、目的を移住へとシフトする。最初からそうすれば良かったのに、既に後悔しても遅すぎる段階に彼らは居た。

 そこで別世界への門を、魔法少女たちがいる世界で広げた。理由は単純で、世界にいくつもの穴を開けると、世界の崩壊が加速する可能性が示されたからだ。

 だが、世界を滅亡させる力を、更に他の世界へ持ち出そうとする勇者、魔王の陣営を、魔法少女たちはのがさなかった。

 幾つかの誓約を自らに課すことで、最大戦力を封印し、異世界への門に入れる人数も制限することに成功した。


 誓約が解けるのは、魔王と勇者が全て倒された時で、それまで魔法少女側の住人は、世界を渡ることができなくした。代わりに『精霊』だけを異世界へ送り込み、新たに犠牲となる世界が増えないことを願いながら、勇者と魔王に抵抗した。


 封印を解くには『精霊』を全て殲滅する必要があった。それは勇者たちも理解していて、魔法少女に力を与えている精霊が消滅するとき、魔法の効力も消失することを確認していたのだ。

 

「忌まわしい魔女、リリスめ。所詮、年端もいかぬ少女たちに力を与えたところで、世界など救えるはずもない。たとえ世界が変わろうと、権威けんいと武力を掌握すれば、得られない物はなにもないのだから……」


 勇者と魔王は、集団を率いて統率する事に秀でている。それは、団体、国家、世界の半分づつを支配していたのが、勇者と魔王というリーダー達であったから。政治に関して、魔法少女などと比べるまでもなく、現代社会へ溶け込み、権威に対してアプローチをかけた。その結果、公共の情報へアクセスしたり、巨大な力を持つ組織へスパイを送り、一定の情報を得る事に成功していた。


 さすがに、数年では国家との交渉は持てなかったが、代わりに、暴力が全てを支配する『ヤクザ』や『マフィア』といった勢力を支配することが出来た。人間を超越した勇者と、元から人外の強さを持つ魔王からすれば、人間が作った暴力組織など支配するのは容易だった。彼らが率いることが出来る人数の規模も、暴力組織と同等だったのも良い方向に作用していた。


「……あと、どれだけ時間が残っている……」


 苦しむように、声を絞り出す。そして、滅ぼせば全てが解決するかもしれない精霊の姿を、脳裏に思い浮かべていた。十日前に、ローランが殺し損ねた精霊『シルフ』のことを。


 精霊個体『シルフ』とは、魔法少女の盟主『リリス』という少女が使役していた精霊であり、精霊の中でも飛びぬけた力を持っている統率個体でもある。それが滅びれば、ほぼ勝利は確信できるのにと、ローランは考えていた。


「ローラン卿、敵はほぼ壊滅状態。何も懸念することも無いのでは?」

「……」


 世界の砂時計は、確実に進んでいる。あとどれくらい、元の世界が維持し続けられるのかも分からなかった。数年は持ちこたえたが、あと何年持つのかは誰も分からない。明日滅びても、不思議ではなかった。

 そんな漠然とした不安が頭を過ぎり、それがイライラに繋がる。不安を打ち消すように、ローランは自らの『聖剣』を強く握り締めた。


(必ず、この手でアイツを……)


 ローランの右手から、血がしたたり落ちた。強く力を込めすぎて、てのひらに爪が食い込み、傷となっていた。それは初めてではなく、もう何度も経験していることだった。



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る