第3話 : ネット配信


 最近になって『有名人』の定義は大きく変わったと思う。

 例えば、動画を投稿し、そこに広告を付け、再生数に応じた広告収入を得る職業が生まれた。タレントやアイドルのように、トークや容姿で視聴者を集める者もいる。

 あるいは、一般に知られない職人技を披露することで、有名になった者もいる。例えば、刃物を研ぐ職人、魚を捌いて刺身や寿司にする過程を披露する職人、ピアノや和楽器を演奏するアーティストだっている。


「みんな、見てる?」


 その中でも、知名度は低いが『ストリーマー』という人種がいる。ライブ配信をし、視聴者から投げ銭と呼ばれる『寄付』で生計を立てている者。大抵は、特筆するような技術の持ち主か、リアルタイムで視聴者を楽しませるセンスの持ち主が有名になれる。海外のプロゲーマーが、それで月に数千万を稼いだという実例がある。


「――」


 歌いながら踊る。

 身体能力、記憶力、動体視力。全てが強化された感覚の中で、私の身体は思うように動く。

 カメラがある位置、そこから見えるであろう映像、全てが頭の中に流れ込んでくる。

 念のため、リアルタイムの映像とライブ配信の間には、20秒の遅延が入っている。下着が見えてしまったり、予期せぬ問題が起きた時に備えているのだが、まだ途中で配信を止めたことはない。


『ON AIR: 1233人』


 視聴者が、初めて千人を超えた。

 数日前から、この姿でライブ配信を始め、男性ファンを中心に多くの視聴者が見てくれるようになった。最初は誰も見ていなかったライブ配信が、SNSでの広がりをきっかけに、急に伸び始めたのだ。

 

 美しい、可愛いというのは、それだけで価値があると思う。だから『アイドル』という職業があり、興行となり、そして影響力へと繋がる。男性でも女性でも『美』に対する欲望は、抑えられるものではないのだから。


 だが、現実的に『魔法少女』となった今、おおやけの場で活動できるだろうか? アイドル事務所にオーディションを受けたって、29歳男性の戸籍をそのまま出す訳にはいかない。この日本で、人ひとりの身分を偽装することは難しい。

 可能だとすれば、社会的信頼を持つフロント企業がいれば籍は問われないが、そんな伝手を一般人が持っているはずもない。


(聖域:起動)


 魔法少女にとって都合の良い空間を構成する。

 派手に大声を出したり、激しくステップを踏んでも、部屋の外へ音や衝撃を漏らすことがない『聖域』という魔法。これは、魔法少女になった事で得られる『汎用魔法』という扱いだった。その他に、個人の『専用魔法』もあるが、今は割愛しようと思う。


 衣装はゴシックで、白と黒を基調とし、フリルがあしらわれているもの。アクセントには、青のラインが入っているが、私はこの三色の組み合わせが好きだった。

 ゴシックの衣装において、私は露出こそ無粋だと考えている。誰が着ても、顔と素肌さえ隠れれば、ほとんど同じに見えるほど完成された衣装であると。異論はあるだろうが、少し前までの私は、本気でそう考えていた。


 だが、本物の『美少女』が着たゴシックは、具体的にはゴシック・ロリータ(略してゴスロリ)は、想像を超えて、神々しささえ感じさせた。


 凛とした微笑み、知性を感じさせる瞳、大部分が隠れているが、見える素肌の色が、見えない部分への想像を掻き立てていく。

 これが『本物』の力なのだと、心の中が震える感覚がした。


 ちらりと、カメラの横に配置したモニターを確認する。

 今回の配信では、フリーの音源3曲にあわせ、歌いながらそれっぽい振り付けで踊るだけの予定でいた。既に3曲目に突入していたが、音楽の終了と共に一時的に画面からフェードアウトする。


「今日は来てくれてありがとう」


 息を整えるまでもなく、汗ひとつ流すこともなく、私はカメラの前へ出て視聴者へ語りかける。ネット配信というのは、実在する観客を意識しづらいが、リアルタイムで届けられる膨大な応援コメントが、その存在感を裏打ちする。


「次回はまた、後日に告知します。事前に知りたい人は、私のアカウントをフォローしてください。それではまた」


 言い終わると、私は配信ソフトを止めた。配信画面に『disconnect』と表示されたのを確認し、念のためマイクとカメラの電源もオフにする。これを怠り、恥ずかしい会話やプライベートな情報を全国配信してしまった人物は、数え切れないほど存在する。


 今回、最終的には千五百人ほどの視聴者が見てくれた。

 少し下品かもしれないが、投げ銭として寄付された金額は、今回だけで私の一週間分の労働と等価だった。ただし、あくまで見ている人の気分や、その時々のパフォーマンスに影響されるので、何人見たからいくら稼げるとは限らず、一時的なものであるのがストリーマーの世界では常識らしいが。

 稀に、一人で数百万をポンと出す人もいるらしいが、そんなのは最初からカウントしない方がいい。


「そろそろ、お昼にしようか」


 そう呟いて『魔法少女』の変身を解除する。鏡を見れば、長く見慣れた自分が映っていた。食料の買い置きが無かったので、買い物に行くか外食で済ませなければと思い、身支度を始める。


 私は、外出する際は必ず、変身はしないと決めている。理由は単純で、街中にカメラや人の目がある現代において、見知らぬ少女が、似てもいない男性の家に出入りしているとなれば、必ず怪しまれる。身バレとなれば、この矛盾した状況に気付く者も出てくるかもしれない。警戒するに越したことはない。

 一応、私の『魔法少女』としての能力には、その辺の問題を解決する力も含まれていた。自らの身を守る為に、シルフが与えてくれた能力は、自らの防衛向けの魔法と、敵に見つからない為の防諜能力。全ての精霊がそんな事を考えているのかシルフに聞くと、数年前に大規模な『魔法少女狩り』があり、その時に監視カメラを始めとした情報網を活用され、殲滅された過去があるのだと言う。


「そういえば……」


 ここ数年、テレビやネットで、騒がれていることを思い出した。テレビをつけると、丁度そのニュースがやっていた。


『――ここ数年、各地で未成年の少女が相次いで失踪している事件ですが――』


 この日本でも、行方不明者は年間で十万人もいて、その何割かは未成年と聞いた事がある。今に限って「何故、騒ぐのか?」と思っていたが、問題行動のない優等生のような少女たちが、誘拐のように身代金目的の接触もなく、ただ失踪する事件が発生し、それがネットで騒がれるようになり、テレビやワイドショーでも取り上げられた。前に、ニュースで犯罪心理学の先生が、解説しているのを見たことがある。


「それ、魔法少女が虐殺され始めた時期からなんだよね、騒がれ始めたの。僕の憶測だけど、現代の情報網を活用したとしか思えないんだ。都市部の魔法少女は壊滅し、精霊も消滅。それ以外は、まだ生き残りの反応も感じるけど、時間の問題かもね」


 シルフの話を聞きながら、身支度を終えたので、パソコンの電源を落とそうとする。その前に、いつもの癖でサイトの巡回をしていると、動画サイトで気になるものを見つけた。


『急上昇:コスプレ姿で踊ってみた 投稿者:xxxx 再生数:18万回』


 動画のサイムネイルが、もろ『魔法少女』の私だった。開いてみると、昨日のライブ配信の様子が、動画として投稿されていた。


「マジか。予想はしていたけど、出るの早すぎない?」


 ライブ配信を動画にする人はいる。だけど私は、ライブ配信を動画にするつもりはなかった。そのことは、短い尺を使って配信内でも述べていたが、綺麗にその部分がカットされていた。きちんと編集もされている。


「手が込んでるな……」


 動画にしろ、配信にしろ、世の中には著作権違反と分かっていて、他人のコンテンツをコピーし、自分のコンテンツとして投稿する人たちがいる。性質が悪いのは、今回の動画には『広告』がついており、明らかに稼ぐ目的で録画して『転載』しているのだ。


 多くの場合、偽物が出ることは未然に防ぐことが難しいので、あらかじめ有名どころのサイトに、同じ動画コンテンツを投稿しておいて、運営元への削除申請を通しやすくする事や、他にも自衛する方法はいくつか存在した。


 それをしなかったのは、もちろんおおやけの場に出にくいことも関係なくはないが、ライブ配信に限定することで、見る人への『特別感』や『臨場感』を感じて欲しくて、ライブ配信に限定していた。

 単に知名度が上がるのが、もう少し先であると楽観していた部分もあるのだが。


「今はまだ、対策しなくていいか……」


 よく取られる手法として、あえて転載を厳しく追及しない場合もある。自分のコンテンツが、他人の手で利用される事に憤りを感じない訳ではないが、宣伝としてめぐりめぐって自分の利益になる場合もあるから。

 ただし、今回はそんなに、深く考えていない。ストリーマーとして稼ぎが発生した以上、会計関連で必要なことは勉強しておきたいし、確定申告まで時間はあるが、今まで会社員として働いていたので、税金のことは全て会社がやってくれていた。

 結局、何が言いたいかというと、そんな些細な問題に構っていられないのだ。


 ここ数日、私の生活は大きく変化したと思う。今まで、退屈な生活を送っていたのに、心には期待が満ちていた。


「シルフ、食べたいものある?」

「お菓子!」


 相変わらずの様子に苦笑しつつ、私は買い物に出かけた。この恩恵を与えてくれたシルフには、一生、頭が上がらないと思う。

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