第18話ヴランシュ・ヴランカ・ヴェラスネーシュカ

「一体どういうことなんだ!」


「ですから言ったではありませんか。雫月さんのお母様はまだお二人にそのことを伝えていらっしゃらなかったのね、と」


大混乱で彩々愛に詰め寄る雫月をものともせず、彼女は気丈に言い返す。あのきれいな顔があんなに至近距離にあるのに冷静に話せるってどういうことだ?? 今までそんな人いなかったのに。それだけ自分の顔に自身があるってことなのかなあ……確かにかわいいのかもしれないけど俺には芽里と雪のほうが可愛く映る……


「許嫁だとか、そんな事いきなり言われてもどうにもできない。一体いつそんな約束を……」


あ、やっぱり雫月もあの親たちならやりかねないと思ってるんだ。まあそうだよな。


「とにかく僕は自分が好きになった人としか一緒にならない。嘘か本当かはしらないが、契約書でも出てこない限り僕は守る気はない」


「まあひどい! 事実ですのに、わたくしずっとこのことを信じて今日まで生きてまいりましたのに、私のすべてを否定するだなんて!」


「うぐっ」


そこで言葉に詰まるんかい。さすが押しに弱い男。その大きな目に涙を浮かべて雫月を見上げる彩々愛に彼はどんどん口ごもっていく。とそこで、彩々愛が悲劇のヒロインのような顔をして涙を流し始めた。


「ええ、ええいいですわ。わかってますもの。幼い頃の親同士の口約束など忘れてしまっていて当然ですわ」


何だこいつ。白雪とか言っときながら白雪姫のいいところなにもないじゃん。こんなあからさまなアピールしてくる白雪姫がいたら子供が泣いちゃうよ。


「ですから……」


顔を覆った隙間から、ぎらりと目が光った気がした。思わずぞくりと悪寒が走る。


「この約束を破棄してほしいとおっしゃるのなら、慰謝料を払ってくださいませ。私この結婚を夢見て幼い頃から過ごしてまいりましたのに、なんにもなしに破棄できませんもの!」


「はああ!?」


慰謝料?? いきなり押しかけてきて自分と結婚しないなら慰謝料払えって随分勇気あるねこの子。というかその慰謝料、一体どれくらいの額なんだ……


「わたくしと結婚するか、慰謝料を払って別れるかは雫月さん次第ですわ。返事は少し待って差し上げますからぜひ素敵なお返事をお聞かせくださいませ!」


語尾にハートが付きそうな勢いで白雪彩々愛はそう言うと、そのまま校舎の方に去っていった。かなり頭がぱあな子らしい。いや、もしかしたらうちの親がやばいだけかもしれないけど。



「かなり意味がわからん」


帰りの車に乗り込んできた雫月は、開口一番にそういった。そりゃそうだ。俺だって意味分かんないもん。


「高円寺初姫の次は西園宮彩々愛〜? なんでめりねえもしづにいも変なのに好かれんのかなあ」


新しく出たオレンジ味のラムネをもぐもぐしながら雪が文句を言う。


「白雪なんて下の下じゃん」


やめたげて雪。


「でも雫月様に許嫁がいるだなんて私聞いたことがありませんよ」


「そりゃあさくらと征太の雇用主は俺だし、ふたりとも俺たちの親にあったことないんだから当たり前だろ」


そう、さくらと征太は親たちがアメリカに出張しにいってから雇ったメイドと執事なのだ。というか二人もここで働き始めてそろそろ二年経つけどあいつらいつになったらかえってくんの??? 大丈夫??? もはやアメリカに住んでるのでは??


「普通に雫月様のお母様に直接確認すればよろしいのでは? 嘘か本当かもわからないのに取り合うほうが難しいでしょう」


「確かに」


たまにはいいこと言うんだな征太も。心のなかでそう思っただけなのに俺は征太ににらまれた。どうして。お前の心を読める技術は一体何なんだ。


「ちょっと電話してみようよ」


芽里に急かされて雫月はスマホを取り出した。そして簡単に否定できればよかったのに絶対にそんなことはないとは言い切れないタイプの母親に電話をかけた。


「もしもし母さん?」


ちなみにアメリカとの時差は八時間。向こうは今深夜なので普通ならはた迷惑な電話だ。まあ、今そんなこと気にしてたまるかって話だけどね。


『んー、モシモシ? こんな時間にどちら様デースか……』


「もしもし母さんって言ったんだから母さんの息子に決まってるだろ……」


彼はぼそりとそう呟いたが聞こえなかったようだ。


「母さん? 母さん、今すぐ意識を覚醒させてほしいんだけど」


『あ、もしかしてシヅキ? 一体どうしたデス?』


寝起きにごめんね、今から爆弾を投下していきます。


「僕に許嫁がいたって本当? 初耳なんだけど!!」


『え……イイナズケ……? イイナ……fästman!?!?』


あまりに驚いたのか、もはや許嫁が母国語になっていた。この反応じゃあ許嫁なんて知らなかったんだな……確定だ……


『シヅキにイイナズケはいないデスよ!? なんでMarianneが勝手にシヅキの結婚相手を決めないとデースか!!』


だって君たち自由に恋愛して自由に結婚した人だし、もとから金持ちだったわけじゃなくて思いっきり成金だからそんな伝統みたいなのないもんね。


――――――――――――――――――


タイトルは直訳すると「白い白い白い雪」です。フランス語スペイン語ロシア語だよ。

次回の更新予定日は十月十七日の予定です(変更になる可能性大)

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