第12話体育祭の準備

「んふふ~、美味しかったあ~!」


雪が帰りの車で満面の笑みで伸びをした。にこにこと優しい微笑みでその様子をさくらが眺めている。


「そうですね、美味しかったですね~! 雪お嬢様に喜んでもらえてうれしいです!」


男子勢の存在感が皆無なので車内が女子会モード。ちなみ俺だけ1番後ろ。なんで俺だけ……いいんだけど、いいんだけどさ。俺は基本こう言う立ち位置だから。


「そうだめりねえたち、もうすぐ体育祭なの?」


「そうそう。嫌だなあ……」


運動は苦手ではないが、みんなで協力してわいわいというのが嫌なんだ。芽里も雫月もそう。


「雪もこんど体育祭だよ。やりたくなーい」


「「だよねえ……」」


車の中で起こる共感の嵐。初姫はいなくなったけど芽里や雫月に取り入ろうとする人が減ったわけじゃない。


「はあああああ、明日出る種目決めるんだよね。行きたくない……」


「俺も……」


車内のどんよりとした空気のなか、さくらと征太の周りだけが幸せなオーラを発していた。



「さて。今日は体育祭の種目を決めるぞー。まずクラス代表リレーだが……これは推薦で決めるように言われている。誰がいいか意見のある人は?」


ホームルームの時間に、担任がそう聞いた。教室が少しざわついて、やがて一人の女子生徒が手を挙げた。


「はい! 私は紗夜花透様がいいと思います!」


その声を聞いて、みんな一斉に賛成しだす。


「透は運動神経いいもんな~」


「透様にやってもらったら優勝間違いなし!」


「透様のかっこいいお姿を見られるなんて……死んでもいい……」


お前ら大丈夫か? そして何より、芽里は大丈夫か?


「ならうちの代表は紗夜花ということで……引き受けてくれるかな?」


「……えっと……」


芽里は周囲を見回した。男子からも女子からも向けられる期待の視線。よくよく見れば彼女の手は震えている。隣のやつでさえ気づいていないみたいだが。


「その……やります……」


こんな状況で断るなんてことは出来るはずがなくて、芽里は周りに流される形で引き受けた。拍手が起こる。拍手なんてするなよ。芽里が可哀想だろ。人の気持ちを考えろよ。


「じゃあ後の種目を決めるか」



俺はそこで、玉入れと綱引き、30メートル走になった。全部余ったところに入っただけ。別にそれでいい。


「なんで私が……」


きゅっと制服のズボンをの握り締めて、芽里は俯く。隣を見ると雫月もそんな感じだった。


「大丈夫だよ芽里……一緒だから……」


雫月もまた、代表リレーに選ばれたらしい。


「雪もちょっと重要なところ。余ってたから入れられちゃったの。目立ちたくないよお……」


なんでこう、俺たちは結局目立つことになってしまうんだ……どうにかしてくれよな……まあ俺翔の時以外目立ったことないけど。存在把握されてないけど。


「それにしたってさ、おにいばっかりずるいよね」


「ほんとにそうだよね~」


雪と芽里が、こちらをちらちら覗きながらそう言っている。なんだよ、俺が芋だっていうのか!? 芋だけど! この姿だと完璧芋だけど!


「仕方ないだろ俺の女装はこれが精一杯なんだよ」


「さくらにやってもらえばよかったのにねえ」


なんでだよ。さくらにやってもらったら、さくらにやってもらってしまっては、


「めちゃくちゃ目立つだろ!!」


さくらがやるとめちゃくちゃ美人になるの。目立つだろそんなの。嫌だよ。


「透だけ陰キャなのずるいしイメチェンして見たら? 眼鏡外したらめちゃくちゃ美人でした的なさ」


「それは現実で起きちゃいけないんだよ。希望を持たせるのはよくないと思う。俺男だし」


現実で起きたら男子どもがそう言うことは本当にあるんだと勘違いするじゃんか。ないよ。それは漫画とか小説とかのフィクション限定で起きるやつだから。変に希望を持たせても可哀想じゃん。ねえ。


「というわけでそのままでいくよ。俺は目立ちたくないんですー」


「ううう、おにいだけずるい! 知らないもんね、ずっと車の下でしゃがんでないといけないの雪はどうでもいいもん」


はあ可愛いな雪ツンデレなんだな? 全然いいと思う俺と芽里以外には優しくするの禁止な。雫月は認めてやらないこともないけど。変な奴に絡まれたらすぐ俺を呼ぶんだぞ追い払ってやるからなあと懇意にしてる男子ができたら即俺に報告なふさわしいか見極めてあげるから。もちろんそう簡単には認めないけどな!


「透なに考えてんの? 目が怖いんだけど……」


「あーいや、何でもない」


危ない、芽里に引かれるのだけは嫌だ。別に変なこと何も考えてないけど。

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