第10話嘘は、ついてもいい事なんてない

「ごきげんよう透様、週末はいかがお過ごしに?」


「初姫嬢……」


月曜日、来て早々に芽里に声をかけに行った初姫はにっこりと笑ってそう言った。今日は初姫似合っていないあのリボンはつけていないが、その代わりにやっぱり似合わないフリルたっぷりの髪飾りをつけている。お前の家のメイド、趣味大丈夫か。


「……別に特別なことは……」


アイドルのことがばれたら大変なことになるので、芽里はそうごまかす。答えてくれて嬉しかったのか、満面の笑みで彼女は言った。


「そうでしたのね! わたくしは土・日と一日中いろいろな会社の社長たちが集まるパーティーに参加しておりましたの。少し疲れてしまいましたわ」


嘘つけ。お前昨日もおとといも朝早くからヴィオロザのライブ来てただろ!あまりにも面白くて、なんとなく一人で笑ってしまう。俺が笑ったことなんてないので、誰にもばれないように笑ったのに数人が振り返った。でもすぐに別の話を始めたので気づいていないはず。


「今日も相変わらず……髪飾りが似合っていないな……」


「あら、そうですの? メイドは似合うと言っていましたのに」


やっぱりか。メイドの趣味が悪いんだな。さくらはふわふわしてるけどセンスはいいぞ。

先生が教室に入ってきたので、その話はそこまでで終わって全員着席した。



「初姫嬢、ちょっと……」


長めの休み時間に入ったところで、芽里が近寄ってきた初姫に声をかける。初姫の顔がぱっと輝いた。


「まあ、透様からお声をかけて頂けるなんて嬉しいですわ! 何でしょう? お話ですか?」


「いや……ここでは話せない……」


そう言って教室から出た芽里に、初姫はついて行く。残されたよく芽里の周りにいる女子たちが、初姫の背中を思いっ切り睨みつけていた。さて、俺も見に行くとするか。席を立った俺は、眼鏡をそっとあげて教室から出ていった。



「何のお話ですの? いいお話?」


にこにこと笑っている初姫に芽里は言い放つ。


「ヴァイオレットロザネイト……好きなのか……?」


そよ風が吹いた。初姫の髪が揺れる。


「え、えっと……べ、別にそういうわけでは……」


焦ったように彼女は答えた。芽里から視線を外し、地面ばかり見ている。動揺してるなあ。


「周りに言いふらそうなどと思っていない。聞きたかっただけだ」


「そう、ですか……そうですわ。よくお分かりになりましたわね……その……確かにわたくしはあのグループが好きですわ……」


初姫は、ため息をついた。相当ばれたくなかったみたいだ。俯いて、ちらちらと芽里の様子をうかがっている。ふいに、芽里の手が初姫の頬に触れた。そのまま芽里は初姫の顔を上げさせる。


「透様?」


「初姫嬢。くだらないことで嘘をつくな。良い事なんて何もない」


そう、良い事なんて何もない。俺たちが言えることじゃないけど。芽里いいこと言うなあ。


「そう、ですね。良い事なんてあったためしがありませんものね」


初姫は笑った。にっこりと、少し儚げに。


「ということで嘘をつかずに本当のことを言う。別に私は初姫嬢のことが好きではないから、付きまとうのをやめてほしい。迷惑してるんだが」


まさかのそのタイミング! 芽里、なんかもっとこう、なあ。いいんだけどさ。いいんだけど、うん。ほら、初姫も唖然としてるだろ。


「え、あ、えっと……」


「高円寺製薬の社長の座にもあなたの家の財産にも興味がない」


初姫は、目を大きく見開いた。信じられないという顔。まさか自分の地位と財産にこれほどまで興味のない男がいるなんて思ってもみなかったんだろう。


「そ、そう、です……か……」


くるりと芽里に背を向けた彼女は教室の方に走り出した。少しだけ、涙が見えた気がした。


「透、そこにいるんでしょ」


「芽里……誰かいたらどうするつもりなんだよ……」


いきなり声をかけられて、慌てて周囲を見回す。誰もいない。当たり前か。教室のある校舎から一番離れたところだし。今ここで授業をしているクラスはないし。


「初姫嬢、少し可哀想だったかな。でも校長に金を掴ませて転校させるよりはましだよね」


それはやっちゃダメだって。笑いながら俺はそう言う。


「転校、してくれるかな。してくれないかな」


晴天の空を見上げて、芽里はそう呟いた。一緒に帰ってくると盛大な誤解を招くため、俺は踵を返し芽里より先に教室に戻った。



教室にはいつも通りの空気が流れていて、一つ違うことは初姫が座って俯いていること。泣いているのかもしれないと思って覗き込んでみたけど、見た感じそんなことはなさそうだ。あの顔は次に誰を狙うか考えてるっぽいな。

まだもう少し時間があるからか、彼女は制服のポケットからスマホを取り出す。少しだけ見えた文章によると、転校するらしい。"ふられたから転校して、そこでまた別の人を探す"と打っていて、彼女はいたずら好きの幼子のようににやりと笑っていた。転校先の男子たちよ。ご愁傷様。

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