第8話 不屈の王

 俺はステキなばい菌の王。

 眼にも見えない早技で、どんな敵もイチコロ。

 世界もやがて自分のモノになると思っていました。


 ばいきん。ばいきん。

 ばいきん。ばいきん。


 そう言って嫌われていた男は毎日泣いていました。


 自分は凄いんだ。

 くしゃみ、はらいた。

 かぜこんこん。


 どんなときも自信を保つことに必死になり。


 自分は強いんだ。

 どんなえらい王さまも。

 ばい菌には敵わない。


 そう思っていました。


 自分が嫌われるのが当たり前。

 避けられるのも当たり前。

 殺され死滅させられる運命なのだと思っていました。


 なのに……

 知ってしまったのです。


 生きる喜びを。

 たとえ胸の傷がいたんでも。

 自分は生きているんだ。

 そう、生きるってことは嬉しいことなのだと。


 なんのために産まれてなにをして生きるのか。

 その答えを見つけてしまったのです。


 彼は科学者。

 見つからない答えなんてない。

 そう信じてなにもかも考えます。

 そして今を生きることで。

 熱く燃える心。

 だから彼も生きる意味を見つけてもいいと思ったのです。


 だから自分に問いかけます。

 なにが自分の幸せか。

 なにをして嬉しいか。

 わからないまま死を迎えるのなんて嫌。

 彼の夢は、世界を手に入れること。


 彼は忘れません。

 世界が自分にしたことを。

 だから、彼は泣きません。


 涙がこぼれても誰にもわからないように。

 だから彼は飛びます。

 この大空を。

 どこまでもどこまでも広いこの空を。

 愛と勇気さえもその気になれば友だちになれるのだから。


「時は早く過ぎる。

 光る星は今はないかもしれない。

 だから泣かない。

 もう一度笑ってくれ!

 君が笑ってくれるなら……

 どんな敵が相手でも戦えるんだ!」



 男がひとり。

 そこにいます。


 男はひとり。

 そこにいました。


 不滅の王。

 そう言われた不屈の王。


 その気になれば、この星に住む生物を数日で滅ぼす力を得た不屈の王。


 しかし、それが可能だということを知った不屈の王はそれをしませんでした。


 ひとりぼっちになることに意味はあるのか?

 ひとりで生きる王になることに意味はあるのか?

 世界を手に入れ、ひとりになったとき。

 あるものは……

 そう、孤独です。

 不屈の王は、なにより孤独が嫌いでした。


 周りから、意味もなく嫌われても自分が生きるだけで精一杯。

 なのに生きるということだけで嫌われる。


 それがなによりつらかったのです。


 なんども滅ぼそうかどうか悩みます。

 だけど、誰かを殺めてひとりになるのとみんなに嫌われてひとりぼっちになることは両方とも同じことに気づきました。

 みんなに嫌われひとりぼっちになる世界とそれは知っている世界。

 でも、誰かを殺めてひとりぼっちになる世界はとても寂しい。


 不屈の王は孤独な世界を知るのは恐ろしかったのです。

 だから、みんなに嫌われてひとりぼっちになる道を選びました。


 ときには誰かを裏切って

 ときには誰かと手を取り合って。

 面白おかしく生きていた。


 みんなに嫌われても好きでいてくれる人がいる。

 仲良く一緒にいてくれる人がいる。


 それだけでしあわせでした。

 たとえ、ばい菌と後ろ指を指されても。

 そこそこ楽しかったのです。


 不屈の王は、いろんな研究をしました。

 ライバルを倒すことだけを考えてたあのころ。

 だけど、ライバルを殺すことなど簡単でした。

 でも、倒されることのほうが多かったのです。

 男は、ライバルを倒すことにためらいがありました。

 ライバルにはためらいがありませんでした。


 その差が大きかったのです。


 そして、自分が負けたときの周りの笑顔が眩しくて毎日泣いていました。


 不屈の王が好きな女性もライバルの友だちの味方。


 不屈の王は孤独でした。

 好かれるライバルと嫌われる自分。

 でも、愛されることがないと思っていた男は、それを笑ってごまかしていました。


「ぱぴぷぺぽ」


 男の声が虚しく響きます。

 不屈の王がお気に入りのキャラクターのセリフです。。

 でも、誰も気づかない。

 負けて吹き飛ばされているのに「ぱぴぷぺぽ」と言える余裕がないことを。

 不屈の王の心には余裕があったのです。

 だから、負けたふりをしていました。

 そうすることで罪悪感などにまみれた心が消える気がしたから……

 吹き飛ばされたあとに見える子どもたちの笑顔。

 男が唯一子どもたちを笑顔にする方法。


 それは、自分が負けること。


 ずっと、ずっと、悔しかった。

 悔しくて悔しくて悔しくて涙がこぼれました。


「ぱぴぷぺぽ……」


 あるときある国の王さまが、ばい菌によって死にかけました。

 ばい菌には沢山の種類がいる。

 不屈の王は、ばい菌のすべてを知っていました。

 ある国の王さまの娘であるお姫さまが、その不屈の王に泣きながら頼みにきました。。

 自分に何をしてもいいから、父親を助けて欲しいと……


 不屈の王はつい魔が差しました。

 そう、ほんの気まぐれだったのです。


 不屈の王は、王さまの命を救いました。

 でも、お姫さまには何もしませんでした。


 お姫さまは涙を流し不屈の王にお礼をいいました


「ありがとう」


 嬉しいはずなのに涙が溢れます。

 お礼を言われたはずなのに涙が溢れます。


 不屈の王は「ありがとう」たったひとことそう言われるためにたくさん頑張りました。


 「ありがとう」と言われないことのほうが多い自分の世界。。

 それを知っている男はお礼を言われないことは苦痛ではありません。


 ひとつの「ありがとう」

 ふたつの「ありがとう」

 みっつのよっつの「ありがとう」


「ありがとう」


 そう言ってもらえるだけでしあわせになれました。


 男は知ったのです。

 知っていたはずなのに気づきませんでした。


 生物を殺める菌は沢山ありますが生物を助ける菌もあることを……


 生物を殺める菌のほうが多い世界でも自分も、みんなに「ありがとう」と言ってもらえる存在になれるかもしれない。


 「ありがとう」

 その言葉を探し求めて不屈の王はいろんな研究をしました。

 不屈の王が科学者から医者になりました。


 癌を死滅させる菌。

 傷を再生させる菌。


 色んな菌を開発し、色んな技術を身につけました。


 そして、気がつけば時は流れ……


 不屈の王は『ばい菌先生』と言われることになった。

『汚いばい菌』じゃない「ありがとう」という意味の『ばい菌』。


 不屈の王はそれが嬉しかった。


「王様ー

 また、骨を折ってしまいましたー」


 そう言って現れた骸骨の男。


「ホラーマン。

 もう歳なんだ、あんまり無理をするな」


「でもですねー

 木に引っかかった子どもがいたんですよー」


「そうか、それは大変だな」


「はい!でも、とびっきりの『ありがとう』貰いました」


 ホラーマンのその言葉を聞いた不屈の王は、ニッコリと笑顔を見せました。


「『ありがとう』いいよな。 

 それだけで、しあわせになれる魔法の言葉だ」


 ふたりは、そう言って笑いあいました。

 もう、そこにはみんなから嫌われるばい菌男はどこにもいません。

 みんなから愛されるばい菌男が、そこにいます。

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