第7話 ミミはいらない

 あるところに。

 耳はなく中には黒いあんこが入っておりとても美味なる青年がいると……

 正義の心に満ち溢れお腹を空かせた子どもたちに美味しいパン無償で提供しているおじいさんがいと……

 世界は、希望に満ち溢れていますが。

 絶望にも満ちています。


 たとえ胸に大きな穴が空いても。

 生きる喜びを忘れても。


 みんなに平等にパンを与える。

 そんな青年がいるということを……

 誰も知りません。


「耳はいらない」


 子どもがひとり泣いています。

 子どもが絶望に満ちて泣いています。

 とある青年がそんな少年に声をかけます。


「どうしたんだい?」


 青年の顔は希望に満ち溢れていました。


「僕ね、いらない子なんだ」


 対して少年の顔は絶望に満ちています。

 青年の優しい表情のもと少年は涙を流しながら言葉を続けます。


「僕は、いらないんだ。

 不良品なんだ」


「どうしてそう思うんだい?」


「人間に食べられるために産まれたのに。

 牛さんや豚さんのご飯になるんだ。

 だから切られて捨てられるんだ。

 ねぇ、お兄さん。

 お兄さんも僕を捨てているんでしょう?」


 青年は言葉に困ります。

 でもすぐにその少年の正体がわかりました。


「そんなことないよ。

 君たちの中にはラスクにだってなった人もいるじゃないか」


「そうだね。

 でも、僕は違う。

 ラスクにもなれなかったんだ」


「……大丈夫」


 青年は優しい目で少年の隣りに座りました。


「何が大丈夫なの?

 お兄さんだって耳を捨てているじゃないか」


「そうだね……」


 青年の表情は優しい。

 そして、温かい声で言葉を返す。


「君は、その豚さんや牛さんの運命を知っている?」


「え?」


 少年は、驚いた顔で青年の方を見ます。


「その豚さんや牛さん。

 そして、鶏さんもだね。

 みんな人間の食べ物になるんだよ」


「どういうこと?」


「牛さんたちを生かしているのは君たちなんだ。

 君たちがいないと人間もお腹が膨れない。

 君たちの存在が人間を生かしているんだよ」


「そう……なのかな?」


「うん、だから自信を持って!」


 青年の言葉に少年は空を見上げます。


「でも、どうせなら僕……

 ――いや、これは贅沢だよね」


「言ってもいいんだよ?」


「ありがとう。

 僕、食べられるより食べる側になりたかったな」


「そっか、そうだよね」


 青年はそういって小さく笑います。

 そして、少年は次に放たれる青年の言葉に驚きます。


「なら食べてみる?」


「え?」


「僕を食べていいよ。

 僕は、少しくらいなら食べられても死なないんだ」


「そうなんだ。

 いいなぁー」


 少年は羨ましそうにそういいました。


「さぁ、食べて」


 青年は、そういって顔を少しちぎった。


「ありがとう」


 青年から渡された顔を少年は嬉しそうにかじりました。


 甘い。

 美味しかった。

 でも、しょっぱい。


 その味は涙の味なんだと少年にはわかっていました。

 少年は嬉しくて嬉しくて青年に感謝しました。

 青年は静かに静かに空を見つめます。


「ありがとう」


 少年の声が聞こえた気がしました。

 青年が、少年の方を見たときには少年の姿はありませんでした。


「いったんだね……」


 青年の心にはぽっかりと穴が空きます。

 するとおじいさんが現れます。


「君は……

 立派だったよ」


「おじいさん」


「そうかな?」


「ああ、立派だよ」


「救えたのかな?」


「ああ、あの子のあの笑顔……

 きっとしあわせだったと思うよ」


 おじいさんが小さく微笑みます。


「だといいなぁ」


 青年の目はどこかさみしげでした。

 そして、ふと思う。


「おじいさん老けましたね」


「そうだね、おじさんからおじいさんと呼ばれるようになったね。

 自分では変わっていないつもりなんだけどね」


「僕ももう子どもじゃありません」


「そうだね、時間は残酷だね」


「はい」


 青年は、ゆっくりと空を見ます。

 空は赤くそして暖かい。


 ある呪いにより血の代わりにアンコ。

 そして皮膚の代わりにビスケットに変えられて。。

 そして食べられても削られても無限に再生する体になった青年は思います。


 自分はなんて無力なのだろうか。


 ベルゼブブ。


 それはテオスの幹部の一人。

 人々を選別し毎日命を奪う。


 そうやって奪われる命のことを人々はミミと呼びました。


「アンコ。

 そろそろ行こう」


 おじいさんがそういうと青年は頷きます。


「そうですね」


 青年の名前はアンコ。

 アンコの呪いにかかった青年です。

 強く優しくほろ甘い。

 彼もまた世界を変える存在。


 ヒラノと出会うのはもう少しあとの話です。

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