第92話 まだ事態は終わっていない

 「すぐに“血の盃”の連中に対処するぞ」

 「――っ! そ、そうでやすね」

 「……!」

 「では自分が状況を……」

 

 邸宅があった空間を凝視していたナラシチと、残滓の黒塵と俺を交互に見ていたネイリアが、俺の声に反応して肩を震わせた。そんなびびらなくても……、いやここまで大掛かりなのを見せたのは初めてだったからか? それとも普通に受け応えているロクが特殊なのか?

 

 「いや、この動きは……」

 

 シンの反応を受けて、俺も改めて町の周縁部に集まっていた気配を探ってみる。

 

 「離れている……? 逃げて……、いや、これは」

 

 大半の気配が町門の方へと移動し、一部は柵を越えて外へと出ているようだ。良く統率されているとはとても思えないけど、混乱している訳でもないようだ。

 

 「フック、様子を」

 「ホッキィ」

 

 俺の頼みを受けてすぐにフックは飛び立っていく。

 

 「散っていく者もおるが、大方は纏まって移動しておるのぅ」

 

 邸宅と自分たちの団長の末路を見て逃げ出したのであれば、もっと混乱してばらけるだろうし、こうなってくるとおそらく奴らの目的は……。

 

 

 

 「ホゥ!」

 

 上空から直接様子を見てきたフックが戻ってきて、翼の身振りを駆使して報告をしてくれる。ある程度嫌な予測もついていたこともあって、大体フックの言いたいことはわかった。

 

 「ホルンのある方角に向かって、明らかに戦意を保ったまま移動している、か」

 「あいつらっ……」

 「――!」

 

 ナラシチとネイリアは俺達ではなく村の方を狙うという行動にわかりやすく腹を立てている。俺も引き続き苛立つ気持ちはあるけど、ロクは相変わらず冷静に何かを考えているようだ。

 

 「ヤミ様、自分たちは逃走や行軍の乱れで道を逸れた奴を狙おう」

 「少人数で大軍と戦う定石だとは思うけど、急いで先回りして正面からぶつかれば何とかなるだろう?」

 

 ロクが消極的な安定志向、あるいは恐怖からそんな提案をしたとは全く思えないから素直に意図を聞き返してみる。するとやはり考えがあっての発言だったようで、すぐにロクは言葉を続ける。

 

 「首尾よく正面へ回り込み、“血の盃”がそこへ真っ向からぶつかってくれば問題ない。だが相手が正面衝突を避けたり、それ以前に追撃する形になれば連中が広く散ってしまうことになる」

 「そうなると、俺達に恨みをもった武装した野盗が大量発生か……、確かに最悪だな」

 「だから敵の本隊はあっちに任せて、こちらは散った奴が潜伏してしまう前に狩っておきたい」

 

 あっち……、そうかタラスの連れてくる増援部隊か。まぁ増援、というかそれが深淵邪神教団の戦力そのものなんだけどな。

 

 「よし、じゃあナラシチは俺に、ネイリアはシンについてくれ。ロクは単独で大丈夫か?」

 「もちろんだ」

 

 索敵とかはまた分野が違うかと思って確認したけど、ロクからは頼もしい即答が返ってきた。これで気配で探れる俺とシンがうまく指示をしながら動けば、本隊以外をほぼ完ぺきに殲滅できるだろう。後は……。

 

 「フック、タラス達の誘導は頼めるか?」

 「ホッキ!」

 

 こちらも頼もしい使い魔だ。空を高速で飛ぶフックなら余計な戦闘はせずに移動できるし、こいつはある程度気配も感知できる。敵の大部隊を見失うことのありえないフックは、きっと適任だ。

 

 相手の政治的な後ろ盾と、武力的な頭は既に対処済みだから後一息でうまくいくはずだ。慢心してやらかさないように、気だけは引き締めてかからないとな。

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