第89話 敵対的再訪

 「……意外と何もないというか、外は静かだな」

 

 高くはない木柵で囲われたガルスの町は、元々出入りに対してはそれ程厳重な管理や警備をしていなかった。トトロンや王都に比べれば田舎であるというのもあるし、住民の傭兵比率が高いこの町に襲撃するような野盗もおらず、野生動物に対しての警戒しかしていなかったからだ。

 

 とはいえ“銀鐘”が拠点としていた時はもう少しぴりっとしていたというか、人数は少ないながらもしっかりと警備されていたと記憶している。対して今はやる気なさそうな男が一人、町門の傍に座り込んでいるだけだ。

 

 平常時の警備だとしても明らかに手抜きなのに、何だこの状況は?

 

 「警戒しながら逃げた俺っち達の苦労は……」

 「……」

 

 本当に疲れたようにナラシチは小声で呟き、ネイリアも短い時間だが瞑目して複雑な思いを噛み殺しているようだ。

 

 「敵の怠慢は、自分達にとって何の問題もないだろう。感謝したいくらいだ」

 

 ロクの言う通りだけど、ケガまでしたナラシチはそう淡々と割り切れないだろうに。

 

 「町の中は……、多少ざわついておるようだのぅ」

 「そうだな、殺気立って動き回っている奴も結構いるみたいだ」

 

 シンと俺が気配を探りながらそう伝えると、短く思案したロクは考えを纏めるために口に出していく。

 

 「つまり……、領主邸宅を出たあたりで完全に振り切れていた、ということか。これほどザルなら部下を引き揚げるのはもっと遅くてよかったようだ」

 

 俺達が町のすぐ前まで来てもまだ気付かないくらいだから、既に逃げられたとは考えていないのだろうなぁ。

 

 「こうやって町中へ攻め込む展開は避けたかったんでやすけどねぇ」

 「おん? あの領主との交渉はやはり難しかったようだのぅ」

 「それもそうでやすけど、せめて野戦になるように挑発して攻めてこさせようとしたら、その場で手を出されて不意を突かれた訳でやして……」

 

 あぁ、なるほど、ナラシチとしてはガルスとの戦争そのものはもう避け難いと判断していたのか。その上で町中を、というか町民を巻き込まないように、“血の盃”と教団が町の外でぶつかるように仕向けたかったのか。

 

 となると、俺達ですぐにここまで向かうことに同意したのも、多数の兵力を引き連れて攻め込むような展開よりは、少数で一気に潰す形を最悪手の一歩手前として受け入れたからだったんだな。

 

 「おっ」

 

 ようやく俺達に気付いたらしい門番が、慌てた様子で町中へと駆け込んでいく。

 

 「悠長な見張りだ」

 「一人で俺っち達に突っかかってこなかっただけ優秀かもしれやせんが」

 

 ロクが口にした嘲りに、ナラシチが皮肉を追加する。いや、ここまでの状況からすると、“血の盃”の傭兵であろうあの門番がいきなり武器を振り上げて突進してきていても不思議ではなかったか?

 

 「まぁここで話していても仕方ない。まっすぐ領主邸宅まで向かおう」

 

 戦う相手としては、現在の駐留兵力である傭兵団“血の盃”だ。だけどとにかくまずは領主のショールと顔を合わせないと何も始められない。それで今さら謝られたとしても、矛を収める気は俺にはもちろんないし、おそらく“血の盃”にもないだろうけどな。

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