第90話 ひどい罠
風切り音を置き去りにして魔力で生成された矢が飛び、武器を振りかざし奇声を上げる傭兵がこちらへ近づく前に仕留める。
「――っし」
放ったナラシチは古代文明の遺物である自慢の弓を次の標的へと向けながら、足は止めずに歩き続ける。
「ナラシチがいるとこういう状況でも楽できるな」
「そういってもらえると警備部の統括者として面目が保てやすよ」
そんなやり取りをしながらも、散発的に襲い掛かってくる傭兵は矢の餌食となっていく。
そう、散発的に、だった。俺達はガルスの町に入り込んでからも早歩き程度のスピードで移動している。敵が集まって囲まれることよりも、不意をうたれることを警戒したからだ。
「町の端の方へと移動しておるようだのぅ?」
「ああ、多分これ避難する町民じゃなくて“血の盃”の本隊だな。俺達が完全に入り込んでから包囲するつもりかな」
こちらへ敵意を向ける気配が、俺達を避けるように町の端の方へと移動していた。それが全部という訳ではなくてこうして散発的な攻撃は受けているけど、かなりの数がこちらへ向かうより囲おうとしている動きだ。
そしてナラシチのおかげで足を止めることもなく、領主の邸宅前まで辿りつく。
ガルスの中では目立って巨大なその邸宅は、しかし内部は閑散としているようだった。
「かなり気配が少ないな……」
「そうなんでやすか?」
「ナラシチを襲う前に“血の盃”の傭兵がかなりの数入っていたようだ。その時に使用人も大部分は退避していたな」
ロクが掴んでいた状況からも考えると、その入っていた傭兵も既にこの邸宅からは出ているようだ。ここの使用人の内でも大半は領主に仕えるというよりは役所の職員みたいな仕事だったはずだから、そういう人は襲撃に邪魔だから追い出した、あるいは危険な雰囲気を感じて逃げ出したってところだろう。
「お……」
邸宅の四階にある窓から小太りの男が顔を出した。いうまでもなく、領主のショールだ。
「潜伏したと思ったら仲間を待っておったのか、この卑怯者め!」
「卑怯?」
ナラシチが心底意味が理解できない風情で言葉尻をオウム返しにする。交渉に来た相手を襲っておいて、数人程度で戻ったら卑怯って、それはただお前の思い通りにならなかったというだけだろうに。
ショールのまだ続く罵声はほぼ意味がわからないけど、潜伏といっていたからやはりナラシチ達が町の外まで逃げたことには気付けず、町中を探していたらしいということだけはわかった。まぁそれもどうでもいいけど。
すると、ショールの隣から髭面の大男が顔を見せる。
「誰だあれ?」
「“血の盃”の団長だ。個人としての戦闘能力は相当に高い、が、統率能力は相当に低い」
俺が呟いた疑問にロクが素早く答えてくれた。どういう男かがものすごくわかりやすい説明だった。
「有名な“銀鐘”の団長サンも強ぇのは弓だけだったようだな! とっとと逃げりゃあよかったものを罠にかかりに戻ってくるとはなぁ!」
髭男ががなる下品な声にショールは身をすくませて黙り込んでしまう。これだけで何となく関係性はみえてくるな。
「わかってねぇようだな? 後は俺が合図をだすだけでお前らはこの町ごと灰になるんだよ!」
「は?」
囲むように動かしていた傭兵団の兵力で、町も俺達も見境なく攻撃するつもりだってことか? さすがに何もかもを焼き尽くすなんてつもりではないだろうけど、あの髭男の理性と知性が足り無さそうな顔を見る限りでは、民家や町民への被害がでることは気にしていない様子だ。
単に逃がさないための包囲だと思っていたけど、俺が考えていた以上に“血の盃”という連中はろくでもなかった。もちろん、ろくでもないのはそんなことを隣で言われて何の抗議もしないショールもだけど。
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