第55話 赤髪の魔法使い
俺達がホルン村に拠点を手に入れてから二週間と少しが経っていた。村の周囲で危険な獣を狩ったり、数名程度のならず者を追い返したりしつつも、ようやく備品もそろって拠点らしくなっていた。
村内からの依頼は基本的に現物支給で受けていたから、資金に関しては備品購入の分が減ったのみで増えていないから、現金収入が得られる仕事についてもおいおい考えていかないといけないな。
「あらヤミさんこんにちは」
「うん、こんにちは」
「おお! ヤミさんじゃないか、またオオカミが出たらよろしくな!」
「おう、任せといてくれ!」
かなり信頼を向けてくれるようになった村人たちとやり取りしながら、俺は一人で村の中をだらだらと歩いていた。
見回り、というかこうして歩いているところで声を掛けられて依頼を受けることが多いから、ご用伺いといった方がしっくりくるかもしれない。
昼は殆どの村人が農業に従事しているこの村だけど、常に全員が畑に出ている訳では無いし、集落内での仕事をしている人もいるから、昼間のこの時間でもそれなりの人数が行き交っている。
「ん?」
向こうの方で何かあったみたいだ。騒ぎという程ではないけど、何事か言い合っている。
「あぁ、あれか」
原因はすぐに分かった。誰かが結構なスピードで走ってきている。今ちょうど集落部を囲う低い柵を飛び越えて入り込んできたところだ。
不信だけど小柄な人物が一人だし、目立った武装をしているわけでもないから「なんだ?」とか「村長呼ぶか?」とか言い合うに止まっているようだ。
そしてそうしている間にも村人の間をすり抜け、明らかにこちらに向かってきていた。
「あの赤い髪……、もしかして」
こちらにある程度近づいた時点でショートの赤髪が似合う活発な印象の若い女性、タラスと目が合う。そしてそのまま目の前まで走り込んできたタラスは急停止してすぐに口を開いた。
「お久しぶりです! 約束通り傭兵団へ入れてもらうために来ましたよ!」
すごくうれしそうにそんなことを言われた。確かにトトロンを出る前に傭兵団を作るなら入れて欲しいということは言われた記憶があるけど、約束はしていない。
「ああ、うん、久しぶり。もしかしなくても、セシルに呼ばれて?」
「そうです。僻地で魔法の修行をやり直していたところに、フラヴィア商会の行商人だっていう人が来まして、セシルさんからの伝言を聞いたんです!」
僻地で修業っていうのも何かすごいけど、それをひと月かからずに見つけ出した行商人もすごいな。この言い方だとタラスがあらかじめ場所を伝えていたって訳ではなさそうだし。
それにしても、見える範囲でずっと走ってきていたはずのタラスは息を乱していない。体力があるとかじゃなくて普通に考えてあり得ない。ということは……。
「もしかして今走ってきたのって、何か魔法なのか?」
「はいっ! 気付いてしまいましたか、さすがです!」
タラスは物凄くうれしそうな満面の笑顔だ。聞いてほしくて仕方がないといったところか。何となく大型犬が尻尾を振っている映像まで見えるようだ。
「あの事件でフラヴィア商会の魔戦具を使って魔法のコツを掴んだアタシは、あの後すぐに修行を開始して魔力の少なさを克服したんです。……それでうれしくなって他にも色々試していたら、元々使えた雷魔法以外にも出来ることが増えたんです」
後半は少し恥ずかしそうに付け加えていたけど、走ってきたのも急いだというよりはしゃいで新魔法を使っていただけのようだ。
「とにかく、一旦拠点に行こうか。セシルもそこにいるし」
「はいっ!」
元気よく返事をするタラスを連れて拠点へと向かって歩き始める。そういえばタラスは豹変後のセシルにはもう会っているのだろうか。あの後すぐ修行し始めたとかいっていたし、まだならそれはそれで面白い反応が期待できそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます