第54話 さっそく優秀な人材が転がり込む

 「なん……も、ないな」

 「ええ、けど広いです」

 

 用意された建物に入ると思わずそんなことを言ってしまう。きれいに掃除されていることもあって、余計に物の無さが目立つ。

 

 とはいえセシルがフォローしたように広いことは確かで、さっき帰っていったムジンとしても本当にできる限りでいい報酬をと配慮してくれたのだろう。

 

 「家具や必要なものなどは私に、というかフラヴィア商会へ任せていただければ、お二人の口座から少し使って用意できます」

 「それが楽そうだのぅ」

 「では、手配しますね」

 

 シンの意見に俺も反対ではなかったから頷くと、セシルは手帳を取り出して何事か書き込んでいた。

 

 「……?」

 

 書き終わったセシルは動き出すでもなく、嬉しそうにしながら俺やシン、それにそこらを歩き回っているフックを見ていた。「まだ何かあったかな?」と疑問を感じたままに首を傾げて見ていると、それに気づいてセシルもこちらへ視線を固定する。

 

 「ヤミさんとシンさんはこれからここで傭兵団を立ち上げるのですよね?」

 「そのつもりだよ」

 「うむ」

 

 改めて確認をされたので明確に返答する。具体的に何をするかは決めてないけど、とりあえず傭兵団という体でやっていくつもりだった。

 

 それを聞いて小さく「うん」と呟いたセシルが改まって口を開く。何か言いにくい事だろうか……?

 

 「私をお二人の傭兵団に加えてもらえませんか?」

 「へ?」

 「おん?」

 「ホキ?」

 

 さっそく色々と入用になっているし、フラヴィア商会とは繋がりがある方がもちろん助かるから、セシルとはその窓口として関わっていくつもりでいた。というか、向こうもそのつもりでお得意様としてここまで付いてきて世話を焼いてくれているものだと思っていたんだけど。

 

 「私はご存じのように戦えませんが、これでもフラヴィアの娘です。依頼の条件交渉から、資金管理、備品の調達まで、事務方の仕事ならお役に立てます。といいますか、それがお二人に必要な人材……ですよね?」

 「むぅ、ん? そういう、側面もある? かもなぁ」

 

 途中まで胸を張って自己主張していたのに、最後の方で少し俯いて上目遣いで不安そうに聞いてくるセシルに、何となく出会った時を思い出した。右も左も分からないこの世界での人間関係のきっかけがこの子だったんだよなぁ。

 

 だから何だ、といってしまえばその通りなのだけど、悪いようにはならないという根拠のない予感がしていた。

 

 「シン?」

 「わたしは異論ないのぅ」

 「フック?」

 「ホゥ!」

 

 一応、意見を聞いてみたけど問題はなさそうだ。

 

 「では!?」

 「ああ、それならお願いしようかな。傭兵として戦うこと以外は基本的に任せてしまっていい、ってことなんだよな?」

 「はい! 任せてください!」

 

 まぁ任せるとはいったものの、やる気の湧かない仕事を受ける気も無いし、そこの手綱はきっちりと手放さないようには気を付けておこう。

 

 「それはそうと、受け入れてから言うのも何だけどさ、実家の方はいいのか?」

 

 本当に今さらだけど、気になったので確認してみる。以前ミリルがセシルはフラヴィア商会の後継者ではないと言っていたけど、今は重要な役職に就いてるみたいだしな。

 

 「はい、むしろ母からは実家の庇護下にいないで独立しろとよく言われていましたから。連絡は……」

 

 そこまで言ったところでセシルが扉の方へ視線を向けると、誰かが近づいてきていることに気付いた。セシルが建物の外にある人の気配を感知したとも思えないから、そろそろ誰かがくるはずというのを知っていた?

 

 こんこんと扉を叩く音が、決して強すぎず、しかしはっきりと聞こえるくらいの大きさで鳴る。

 

 「入って」

 「失礼します」

 

 セシルの声を受けて入ってきた人物はセシルやダティエと同じような外套姿をした若い女性だった。

 

 「呼んでいたのです。彼女に私のことを連絡してもらうつもりです。あと、さっそく人員を一人追加したいのですが、この傭兵団へ加える前提で呼び寄せても構いませんか? 絶対にお二人の気を悪くさせるような人ではありませんので」

 「そこまで言うなら……、まぁそれも任せる」

 

 妙に確信を持った言い方をするものだから、何となく勢いで認めてしまった。まぁ雑務を全部セシルに押し付けるのも悪いし、手が必要なら追加人員は任せても悪くはないだろう。

 

 こちらへ向かって無言で深く一礼した女性へと、セシルがさっそく色々と指示をしている。話し方というかお互いの雰囲気をみるに、セシルが責任者をしているという小規模行商部門というやつの部下のようだ。

 

 話が一通り終わると、女性は再び一礼をすると、すぐに出て行ってしまった。それにしても気になることが……。

 

 「あの人、ずっとこの村にいた訳じゃないよな? 全部段取り済みだったのか?」

 「昨晩ヤミさんから傭兵団を作ろうとしていると聞いた時に、私も加えていただこうと決めて、彼女はその時に呼びました」

 「その時に……?」

 

 セシルの言葉を聞いてシンが不思議そうな顔で聞き返したのは、俺も全くの同感だ。この世界では電話の様なものはなかったはずだし、あちらこちらを移動している行商人を昨日の今日で呼び出すっていうのはどういうことだ?

 

 二人して首を傾げていると、セシルは覚えたばかりの手品の種明かしを説明する子どもの様な、どこか無邪気な笑顔で説明してくれる。

 

 「私の魔法の応用です。かける効果を弱くした上で、相手に同意してもらえばひと月は効果を持たせられるのです。その効果というのが、私が望んだ時にどこかの場所が少し気になるという様なもので……」

 「国中を巡回する行商人を好きな時に好きな場所に呼び出せるってことか」

 

 俺が理解した内容を言葉にすると、やはり嬉しそうなセシルがこくりと頷いた。俺もシンもわかり易くびっくりした反応をしているのが、楽しいようだけど、実際すごくうまくつかっている。

 

 セシルの魔法を弱体版洗脳魔法とだけ考えると、まず同意をもらった時点で洗脳ではないから意味がないし、効果の方の気になるとかもはや気のせいレベルの話だ。けどそれを仲間への連絡手段と割り切ってしまえば、劇的に有用になっている。

 

 スマホどころか電話すらないこの世界で、行商人の動きを遠くから制御できるなんて、商人からすれば戦慄するような魔法の使い方なのではないだろうか。

 

 セシルの話に驚いたあまり、結局傭兵団へ加えたいもう一人について詳しく聞きそびれたな。

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