第49話 拠点が決まりそうと思ったら何か問題があるようで……

 「確かに退治できてる! ほとんど傷もない死体と、潰れた装備品の残骸しかなかった!」

 「本当か!」

 「助かった……、のか」

 「は? 何をしたら、そんな……」

 「良かった、本当に良かった!」

 

 俺達の報告を受けてから様子を見に行っていた若者が戻ると、村には歓喜と安堵が広がった。

 

 よほど緊張していたのか、へたり込む者も少なくない。まぁ、若者から告げられた内容を想像したのか、引きつった顔でこちらを見ている村人も数名いるようだけど。

 

 「まさか、あれ程の数の盗賊に目を付けられて、全く被害を出さずに済むとは夢にも思っておりませんでした。ありがとうございます!」

 「あ、ああ、それは良かった」

 

 初対面でいきなり怒鳴ってきた村長も、俺の肩をばしばしと叩きながら喜んでいる。

 

 「ん?」

 

 その時、村長が手を下ろして俺から離れていくところを見計らったように、見覚えのない男が近づいてきた。さっきの行商人と同じような丈夫そうな外套を着ているけど、こちらはフードを被っていないから、鷲鼻が特徴的な厳つい中年男の顔が見えている。

 

 「すごいですなぁ! あなた方はさぞや名のある傭兵団の所属では? 例えば……、“銀鐘”とか?」

 「いや、違うよ。俺達はどこにも所属してない流れだよ」

 「そうですかぁ、ほうほう……。それ程お強いのに失礼ながらフクロウを連れた流れの傭兵などと聞いたこともありませんな!」

 

 この男も行商人だとすると、とりあえず強そうで使えそうな俺達に顔つなぎをしようといったところなのだろうけど、この男が周囲に向けている感情が少し気になるな。特定の誰かという訳では無く、周囲全てに対して薄く広く悪意が向いている。まぁ控えめにいって悪徳商人ってところか。

 

 「このお二人はガルスの英雄と呼ばれる程の凄腕ですよ。噂によるとあの“影矢”のナラシチさんが恐れるほどであるとか」

 「ほほぉ……、儂はしばらく王都の周辺ばかり周っておりましたからなぁ!」

 

 音もなく近寄ってきたフードの方の行商人が補足する。やっぱりガルスの方で噂になったのを聞いていたのか。というかナラシチが恐れるっていうのはどちらかというとサデアが手紙に書いた内容が原因っぽかったから、正確にはナラシチが恐れているのはサデアだと思う。

 

 「儂はアッシュ商会で行商をしとります、ダティエ、という名ですのでぜひに覚えておいてもらえれば!」

 「あ、私はフラヴィア商会の人間ですよ、今更ですが」

 

 鷲鼻中年男の行商人はダティエと名乗ると、軽く会釈して騒ぐ村人たちの方へ行こうと歩き出す。思い出したように言ってきたけど、このフードの行商人はフラヴィア商会の人間だったのか。だとするとガルスの噂っていうのも、もしかしてゲズルとマレアに聞いたのかもしれないな。

 

 「あ、少し待ってもらえます?」

 

 と、そこで歩きだしていたダティエの手へと、フードの行商人が唐突に手を伸ばす。掴んで引き留めようという動作だけど、今度は気付いた。フードの行商人の手は魔力に覆われていて、ダティエに触れることで何かを仕掛けようとしている。

 

 「ふんっ!」

 「いつっ」

 

 するとこちらも唐突に腕を振り回したダティエが、自身へと近づいていた手を叩いて弾いた。

 

 「気安く触れんでもらおうか! フラヴィア商会の人間は信用ならん!」

 「いたたぁ……、はは、嫌われてますね」

 

 叩かれた手をさすりながら、フードの行商人は辛うじて見えている口元を苦笑の形に歪める。

 

 「おん? 甘いのぅ」

 「そうだな」

 「ホキ」

 「――? では儂は今度こそこれで失礼!」

 

 でかい声で言って去っていったダティエは、シンが呟いて俺とフックがにやつきながら同意したことには気付かなかったようだ。警戒しているくせに、ダティエはしっかりとフードの行商人の手に“触れて”いた。その時に魔力が少量ダティエの体内へと潜り込んでいたようだから、フードの行商人は目的を達成したのだろう。

 

 「ふふ」

 

 こちらを見て笑いをこぼしたフードの行商人は、立てた人差し指を口元にあてて黙っていて欲しいというジェスチャーをしている。けどこれは本当に黙っていてくれと頼んでいる訳じゃなくて、一緒になってダティエの詰めの甘さをバカにしているだけだな。

 

 村につくなり盗賊退治をして都合よく恩を売った訳だし、このままここで拠点になる空き家でも譲ってもらおうとしていたのだけど……。

 

 「うぅん」

 「のんびり田舎暮らしとはいかんようじゃのぅ?」

 

 唸る俺にシンの方はやや楽しそうな声音で言ってくる。村人達に声を掛けながらも村長の方へと明確に悪意を向け始めているダティエを遠目に見て、ちょっと面倒くさくて溜め息が漏れるのだった。

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