第50話 仕掛ける悪徳商人

 日が落ちた頃になって、俺達は村長の家へと来ていた。ムジン・ホルンという名前だったらしい村長から、時間を空けて来るように言われていたからだ。ちなみに村長の姓のホルンというのがこの村の名前で、村長は世襲ではないからホルンというのは家名ではなくて役職名みたいなものらしい。

 

 目的は当然、盗賊討伐を急きょ引き受けた件の報酬を交渉するためと、宿屋が無いらしいこの村で泊めてもらうためだった。浮足立つ村人達をなだめるのも大変そうだったし、何か忙しいとかですぐには来るなということだった。

 

 「村長! ムジン村長! 来たぞ」

 

 扉をノックしながら呼び掛けると、すぐに開いてムジンが顔を出す。

 

 「おお! どうぞこちらへ。フラヴィア商会の行商人殿も直に来るはずですので報酬の話はそれからになりますが、少々お待ちを!」

 

 にこにことテーブルにつくよう案内してくれるムジンはかなり機嫌がいい。盗賊問題が解決した直後よりさらに機嫌が良くなっているような……?

 

 奥さんだという女性がテーブルに村で採れるハーブのお茶を人数分だしてくれて、そのままやることがあるからと別室に移動していく間も、ムジンは奥さんを手伝ったりこっちを褒めたりしながら笑顔のままだ。

 

 「それで、何かあったようだのぅ?」

 

 何か触れるのも癪な気がする、とか意味のない意地を張った俺が黙っていると、シンが極めて事務的な口調で問いかけた。「聞いて聞いて」オーラを出し続けられるのも鬱陶しくなったのだろうか。

 

 「おや、鋭いですな。お二人には無関係な話ではあるのですが、村に利益になる取引がまとまりましてな」

 「ふぅん」

 

 思わずいかにも興味のない返事をしてしまったけど、このばたばたしていたタイミングでよくそんな暇があったな。だいたい取引をする商人なんて……。

 

 「フラヴィア商会の、あのフードの行商人か?」

 「いえ、フラヴィア商会には以前から色々と売り買いしてもらっとるのですが、今回は違いますな。アッシュ商会の行商人殿が良い取引を持ちかけてくれましてな」

 「ああ、あの……」

 

 日中に会った鷲鼻中年男のダティエか……。既に嫌な予感がする、まぁ俺達にではなくてこの村にとっての嫌な予感ではあるけど。

 

 「ちなみにじゃが、どんな取引をしたのかの?」

 

 シンが詳しいことを聞くと、ムジンは胸を張って鼻から息を吹くと、近くの棚から一枚の紙を出しながら説明を始める。ちなみに紙は普通に紙だった――いや言い方が悪いな、羊皮紙とかの加工した皮では多分だけどなくて、お土産品とかで見たことがある和紙に近い見た目をしている。

 

 「見ての通りここホルン村には農作物は豊富にありますが、王国内の人々の通り道から外れておるために金銭的には貧しいのです。そんな中で余った作物を主にフラヴィア商会に買ってもらい、必要なものは売ってもらっていたのです」

 

 まぁそれは分かる。この村としてはそういうのが必要だろうし、フラヴィア商会としてもなにかしら得るものがあるのだろう。

 

 「そこに先ほど王都にあるというアッシュ商会のダティエ殿から声を掛けられましてな! 今年分だけですがなんと相場の倍額で買ってもらえると。来年以降フラヴィア商会と交渉するためにも有利になるからと言われましたのでさっそく契約を結んだのですよ」

 「なるほどのぅ……、それでこの契約書はちゃんと読んだのか?」

 

 いつの間にか契約書だという紙を手に取って読んでいたシンがそんなことを言いだす。何か良く読むと不利になるような巧妙な書き方でもされているのだろうか。

 

 「ほれ」

 

 シンがこっちに契約書を渡してきたので、紙面に目を向ける。文字は……、そういえば普通に読めるんだな。これも会話と同じ原理なのかな。

 

 「えっと……、はぁ!?」

 「ホッ!?」

 

 思わず大きな声を出してしまった。着くなり部屋の端でうとうとしていたフックが驚いて飛び起きたようだ。

 

 「読んではおりませんが……、何せこの村には今は読み書きや算術が満足にできるものがおりませんからなぁ。私も辛うじて『けいやく』というのと、『かいとる』くらいしか分からんかったのですが、何かまずいことでも?」

 

 書いてある内容は要約するとこうだ。今後ホルンで採れる農作物は全てアッシュ商会へ売るものとする。金額は年間一金で、契約破棄はアッシュ商会側からのみ可能とする。もしホルンが契約破棄を申し出た場合は、賠償として全ての農地の権利をアッシュ商会に譲るものとする。

 

 騙すも何も、完全にこの村長が読み書きできないことを見越したうえでやってるな。内容がムジンの言ったものとまるで違う。

 

 「――っはぁ!?」

 

 内容を教えるとムジンは顔色を真っ白にして声をあげる。あまりの大声に奥に行ったはずの奥さんが顔を出して離れたところから様子を窺っている。

 

 「農作物全部何て売れる訳が無いから、これは破棄させておいて農地の権利狙いか?」

 「ふっ、人間らしいのぅ」

 

 シンの感想は分からないでもないけど、それを人間らしいと括られてしまうのは元人間としてはちょっと複雑だ。そしてムジンはもはや声も出ずに口を開閉させるのみとなってしまっている。

 

 明らかに無茶な内容だけど、真っ当かはともかく商会の人間がこんなことをするってことは、契約書があれば押し切れる目算があるんだろうなぁ。そういう法とかを取り仕切るような機関はまぁ王都だろうから、そうなるとダティエに契約書を持って王都にあるというアッシュ商会の本部まで帰られてしまうとアウトか?

 

 「一応聞くけど、これは……」

 「この村用のもので、当然ダティエ殿は商会用のを持っていきました……」

 

 今頃は必死に王都へ向かっているところだろうか。俺達が盗賊と戦ったのは知っている訳だから、力ずくで契約書を奪われてなかったことにされるのは警戒するだろうしな。

 

 「言ってはなんじゃが、手遅れではないかのぅ」

 「そ、そんな……」

 

 シンの無慈悲な宣告にムジンは打ちひしがれている。奥さんからも小さく「あなた……」と聞こえてきたから状況は見て分かっているようだ。

 

 「ん?」

 

 この家の扉へと近づいてくる気配がする。フードの行商人が来るとは聞いていたけど、これは多分違う……、っていうかこの感じはもしかして。

 

 「はははぁ! 今さら困っておるようですなぁ!」

 

 扉を乱暴に開いて入ってきた大声の主は、まさかのダティエだった。

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