第43話 使い魔志望のペット

 「くあぁっ……、大分調子は戻ってきたかな」

 「おん? もう良いのか。あれだけ暴走させた後だというのに、さすがじゃのぅ」

 

 まだ少しだるそうな面持ちで椅子に座って本を読んでいたシンは、顔を上げるとベッドの上に座る俺をまじまじと見ている。

 

 「本当に本調子に戻っておるようだの。大したものじゃ」

 

 強がっていないか疑っていたらしい。あるいは先日の暴走がシンから見てもそれだけ大変な事態だったということか。

 

 今は俺とシンは、ガルスに来た日にナラシチが用意しておいてくれた宿でゆっくりと過ごしていた。

 

 俺とシンにとって身体的な怪我は一時的にダメージが表出しているだけで、邪気が体内にあってそれが制御可能な状態にある限りいくらでも治る。だから林での一件の時も、俺がシンの協力で落ち着いた後は、ナラシチ達と顔を合わせた時には見た目の上では無傷での対面となった。

 

 とはいえ、体内の邪気の状態こそが今回消耗した部分で、暴走の張本人であった俺はもちろん、全力の防壁展開をしたすぐ後に俺に手を貸してくれたシンもかなり辛そうな状態だった。

 

 見た目が無傷でも俺達が二人ともふらふらなことを察知したナラシチは、ガルスへ帰ると宿の主人に色々と申しつけて帰っていった。その後は何度も様子を見に来る宿の主人に世話はいらないことを何とか言いくるめて、そのまま数日間眠り続けて今に至っている。

 

 とにかく休眠して体内邪気の量と状態が戻るのを優先したおかげで、今はようやく平常といえる程度に回復していた。

 

 「元気になったら“銀鐘”の拠点か家へ顔を見せにきて欲しいと、ナラシチが言うとったよ」

 「そっか、後で行くかぁ」

 

 シンが教えてくれた内容は一応何となく知っていた。眠り続けてとはいっても薄らと周囲の状況は把握していて、宿の主人が何度目かに部屋へ来て応対したシンへと伝えていた内容も聞いていたからだ。

 

 「というか、俺ばっかり眠りこけててごめんな」

 「いや、構わんよ。ヤミはまだ未熟じゃし、自分の身の回復を優先しておいた方がよいのぅ」

 「そうだけど、それでもありがとう」

 

 宿の主人への対応も最初の内は何とか俺も起きてシンと交互にしていたけど、来る頻度が下がってからは完全に任せてしまっていたから、改めてお礼を言っておいた。シンの方も構わないとは言いつつも、ややくすぐったそうに微笑んでいる。

 

 「それはそうと……、こいつが一番眠ってるな」

 

 ちょうど視界に茶色い塊が入ったから、話題を眠り続けるオオフクロウへと変える。

 

 「太陽神のちょっかいとヤミの無茶で短時間に二度も存在を作り替えられておったからのぅ」

 

 シンがその時を思い出して軽く吹き出しながら、丸まって眠るオオフクロウをつつく。そんなに面白いかは同意しかねるけど、無茶をしたというのはその通りだから仕方もないか。

 

 「む……?」

 「あ……」

 

 邪気の奔流を脱して以来、ずっと閉じられていたオオフクロウの目がぱちりと開いた。わりと雑な手つきでつついていたシンが少し気まずそうな表情をするのには構わず、オオフクロウは首を右、左と巡らせている。

 

 「ホゥ!」

 「お、おう。おはよう」

 

 と、ちょうど俺と目があったところで羽を軽く開いてひと鳴きした。挨拶されたようだったので、俺も思わず返事をしてしまう。

 

 「こやつは連れていくのじゃろぅ?」

 「邪神獣にした責任もあるしな、ペットとしてしっかりと飼うつもりだよ」

 

 見た目は元の魔獣の時と同じく、動物のオオフクロウと変わらない姿に戻っている。ナラシチ達にも色々あって魔獣を手懐けたと伝えたけど、実のところ魔獣どころか神獣の炎翼状態よりも数段危険な生き物になっていた。これをそこらに放っていくのはさすがに気が咎めるから、まあ面倒を見るほかに選択肢は無い。

 

 しかしここで一番意外なやつが不満を表明する。

 

 「ホキィィ! キィィィ!」

 

 オオフクロウが頭の羽毛を逆立てて威嚇している。

 

 「うえぇ? 何だ、あの林を出たくなかったのか? けどあそこは半分燃えたしガルスの住人も多分嫌がるぞ?」

 

 あまりの剣幕に思わず少し身を引きながら説明する。しかしオオフクロウは二、三度首を振って「そうじゃない」と否定した後、相変わらず威嚇を続行してくる。

 

 いや、ていうか、俺の言葉を普通に理解して返事してるなこいつ。邪神獣すごい。

 

 「いうなれば神の眷属じゃから、それは賢くもなるのぅ。それより、こやつは“ペット”というのが不満じゃったのではないかの?」

 

 横から仲裁するように言い添えてきたシンの言葉に、一瞬だけそちらを見たオオフクロウは、すぐに首の向きをこっちに戻して体を上下に振って頷いている。

 

 「ペットじゃないって……? えぇ、じゃあ仲間とか家族って呼べばいいのか?」

 「ホキィ、ホゥゥ」

 

 今度はややトーンダウンしたものの、否定の意思は変わっていない様子だ。さっきが「ふざけんな!」だとすると、今度は「恐れ多いです……」という感じだろうか。

 

 「ふむぅ、ならば下僕といったところかの」

 「ホゥ!」

 

 正解らしい。何て威風堂々とした下僕志願者だろう。

 

 「けど下僕ってのは、俺の方がなんかしっくりこないしな……」

 

 俺の意思は尊重しようという気はあるのか、悩みだすとオオフクロウは黙って待っている。シンの方はそろそろ退屈そうな目をし始めている。

 

 「使い魔……とか?」

 「ホッホウ!」

 

 かなりお気に召したらしい。そのままホゥホゥと鳴きながら部屋の中を飛び回り始めている。

 

 「ふむ、決まりじゃの。では使い魔として連れていくなら名前が必要だのぅ?」

 

 「必要なら考えないとね?」みたいな言い方をしているけど、どうみてもシンの中ではもう候補が決まっているような雰囲気だ。だいたい方向性の予想はつくけど、俺としても希望がある訳でもないから、まぁいいか。

 

 「そうだな、どんな名前がいいかな?」

 「フック・ビー・ロウ……、などどうじゃろぅ?」

 

 びー? 蜂、いやアルファベットか? ミドルネーム付きとは大仰だけど、どういう意味だ?

 

 フックとロウについては置いておくとして、ビーの部分は今回も少し捻ってきているな。

 

 ……、……あ。

 

 ビッグの頭文字のビー…………か。そうか、オオフクロウだもんな……。

 

 「……、いいんじゃないか」

 「ではフックよ、これからは頼りないヤミのことをよろしくじゃ」

 「ホゥゥゥゥゥッ!」

 

 こうして、ガルスを脅かし、林の半分を焼失させた魔獣オオフクロウは、俺の使い魔フックとなったのだった。

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