第29話 領主邸宅前にて
ガルスの町の中では唯一“銀鐘”の拠点と同じくらいの大きさである建物、それが領主の邸宅だった。ここは邸宅とはいえ半分くらいは市役所の様な役割に使われているらしいから、その大きさも見栄のためというだけでもないらしかった。
そしてその領主邸宅へ、俺とシンはナラシチに連れられてきていた。さらにナラシチはお供にぼさぼさ髪の屈強な男ゴルベットを連れてきている。礼儀知らずで短気な印象だけどナラシチとしては期待して育てているようだ。
「あと二人合流するので待ってくれやすか。今回の経緯を知ってるフラヴィア商会からもぜひ助っ人を出させてくれと言われてやして」
大商会であるフラヴィア商会は当然ここガルスにも支店が存在する。他の商会ももちろんそれは同じだけど、かつての“銀鈴”はフラヴィア商会と関係が良かったらしく、それを引き継いで今の“銀鐘”もフラヴィア商会とは特に懇意にしているとのことらしい。
それに交易を重視するフラヴィア商会からすれば、いつ街道を荒らし始めるか分からない魔獣を放置されてはたまったものではない、というのもあるのだろうな。
「なんじゃ?」
待っている間こちらをちらちらと窺っていたゴルベットの態度に耐えかねたシンが、棘のある声音で問いかける。ナラシチが呆れた目でゴルベットを見ているものの、ゴルベットの方では先日のあれでは特に反省はなかったらしい。
「べつに……何もないです」
形としては噛みついた相手が上司の知り合いで、弁解もできずに謝らされた。それが不満だったというのが彼の内心なのだろう。こっちとしてはふざけんなよこのヒステリー野郎が、といったところだけど。
とはいえ小さく謝ってきているナラシチの顔を立てて、ここは受け流しておく。
「なんだぁ? ゴルベットもヤミさん達に絡んでんのか?」
そこに聞いたことのある声が掛かる。見るとなんと銀鈴亭に初めて行った時に揉めた連中の内の二人、禿頭兄弟の弟ゲズルと、紅一点のマレアだった。
声を掛けてきたゲズルは気安い様子でゴルベットの肩に腕をまわすと、「ガキか」とか「反抗期」とかそういう感じの言葉でからかっているようだ。けど言われているゴルベットはそこまで嫌そうでもない表情に見える。
「知り合いなのか?」
「うちらはフラヴィア商会の傭兵だけど、駆け出しの頃は“銀鈴”にいたんだよね。その縁で商会から“銀鐘”へ人を出す時は大抵選ばれるんだよ」
マレアの説明に、ゲズルもそういうことだと言わんばかりに頷いている。そして一通りからかって満足したらしいゲズルはゴルベットから腕を離すと、一転して真面目な表情となった。
「なんにしても……、ヤミさん達が笑ってるうちに態度を改めとけよ。見る目の無ぇ傭兵は長生きできねぇからな」
「な……んだよ、ゲズルさんまで」
直接の上司のはずのナラシチに怒られていた時よりも、ゴルベットとしてはショックを受けているようだ。けどどうも俺達への不信というか反感はそれでもくすぶっている様子だ。
「男はばかだねぇ」
「お前が一番噛みついてきとったと記憶しとるがのぅ」
なんかそれっぽいことを言い出したマレアに、シンがすかさず突っ込みをいれた。けど頬をつたう冷や汗をみるにマレアに自覚はあったようだ。まあいいけど。
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