第28話 魔を帯びた獣
次の日、聞いていた場所に向かうと“銀鐘”の拠点はかなり大きな建物だった。周囲と比べても明らかに浮いているほどの大きさだから、この町での“銀鐘”の立場の大きさが察せられる。
「うわ、すごいな」
扉を開けて中に入ると、思わず声に出して驚いてしまう。一階は丸々がエントランスになっていて、かなりの人数が行き来している。
「あっちで聞けば良いのかの?」
「あぁ、たぶんな」
シンが見つけた受け付け窓口みたいな方へと向かおうとすると、違う方向から初老の男性が駆け寄ってきた。
「シンさんとヤミさんですね。団長の所へ案内しますので、どうぞこちらへ」
おそらくシンの特徴的な外見で見分けたのであろうその人が、自信無さそうな目でこちらをちらちらと見ながら言って歩き出す。
そのまま後について行くと、四階の奥にある一室の前で一礼して去っていってしまった。最上階であるこの階は、明らかに雰囲気が他階より静かでおそらく偉い人用のフロアらしかった。
「あ、ご足労いただいてすみません。ただ宿や家で話すような内容でも無かったものでやしたから」
一応ノックをしてから中に入ると、既に紅茶の準備を整えたナラシチが待ち構えていた。昨日コロネがご馳走してくれたのと同じ香りがする。
「今日は頼みたいことの話か?」
「手に負えない厄介ごとだと言っておったのぅ」
促されるまま椅子に座ると、ナラシチも対面の席について深刻な表情となる。
「ええ……、お二人は魔獣を見たことはおありでやすか? 兄貴からの手紙では何か事情があってあまり世間の事は知らねぇってことですが……」
「見たことっていうか、その魔獣って言葉を今初めて聞いた」
「うむ」
素直に答えた俺と、自信満々に頷いたシンを見て、ナラシチはそれ程驚くでも、まして呆れるようなことでもなく、頷いてから話し始める。
「ではそこから説明しやすね。人が魔力を持つように、動物ももちろん魔力をもっていやす、ですが普通は精々が少し身体能力の高い個体がいるという程度の話です」
言葉からいっても、その魔力の保有量が突然変異的に多い動物がいるということか。
「もうお分かりかと思いやす。単純に魔力量が多かったり、魔力親和性の異様に高い動物は魔法を使う厄介な存在となることがありやして、それが魔獣です」
「それは……、大変そうだな。つまりそういうのを何とかするのも傭兵の仕事なのか?」
「ええ、そうなりやす。俺っちの“銀鐘”もスルカッシュ屈指の傭兵団として過去に何体も魔獣を退治してきた実績がありやす」
しかしそんな“銀鐘”にも手に負えない程の魔獣が出てきた……、という話か。
「どう手に負えんのじゃ?」
「ガルスの近くに林がありやして、俺っち達もよく狩りに行くような場所なんですがね。そこのオオフクロウが魔獣化して、偶々遭遇したうちの若いのが大怪我して帰ってきたんでやすよ」
大ってついてもフクロウだったらそれ程大きくはないよな?
「そんな厄介な魔法を使うってことか?」
俺が思いつくままにそう口にすると、苦い表情のナラシチは重々しく頷く。
「そうでやす。まずそもそも鳥なので飛ぶ上に、魔獣化したことで尋常ではなく速いようで、剣や弓矢ではとても捉えられるようなものではなかったと。それでその遭遇した連中の中にいた魔法使いが対処しようとしたところで、一つ羽ばたいただけでそれがかき消されてしまったと言ってやした」
なるほど、単純に仕留める手立てが無い訳か。
「けどそれならそれで、魔法は諦めて人数をかけるしかないんじゃないか?」
俺の言葉にナラシチの眉間に寄っていた皺がさらに深まる。それが今回の件の一番の問題だったようだ。
「そうでやすね、それこそある程度の被害が出ることを覚悟してでもそうするしか無いと判断しやした。しかしそこでガルス領主から止められてしまいやして……」
「おん? どうしてじゃ、その決断をナラシチらがしておるということはそもそもその領主にはそれほど戦う力はないのじゃろぅ?」
シンの言葉で気付いたけど、そういうのは確かに本来は領主とかそういう立場の人の役目だよな。町を守るために討伐する訳だし。
「ええ、俺っち達はこの町の防衛戦力も兼ねていやして、色々と責務を負う代わりに同じくらい優遇もされていやす。しかし今回は領主から下手に手を出すなと、確かにあのオオフクロウは林を縄張りにしているようで自分からは今のところ出てきやせんし、もしつついたことで町にでも飛んでくれば大変なことになるのは確かでやすが」
「それは可能性の話だし、そんな危険な魔獣を置いておく方がよっぽど怖いだろ」
そう言うとナラシチは深く息を吐いて頷く。
「ですから、震えあがっちまった領主を納得させられるくらいの戦力を見せられれば……と。もちろん魔獣の討伐自体にもぜひご助力願いたいのでやすけどね」
なるほど、要はビビった領主を逆にこっちがビビらせるくらいの事が出来そうな俺達に説得を手伝ってほしい訳か。そのオオフクロウだって話を聞く限り厄介そうなのに、大きな責任のある人は大変だな。
「まぁ、わかった。けど交渉とか説得とかそういうのは俺達には期待するなよ」
「……」
「ええ、わかってやす。お二人には後ろに控えておいてもらえれば、俺っちがなんとかなりそうな方向に持っていきやすから」
俺がシンの事も含めて言った頭脳労働を全否定した言葉に、シンは口をとがらせてこっちを見ている。いや少なくとも得意ではないだろ。
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