第20話 敵の手の内への突入

 ~~~~~

 

 宿酒場の娘に過ぎない自分が、どうしてこの様な目に遭っているのだろう。教会がトトロン内に所有する倉庫の一つに囚われているポップルは、そんな不満や恐怖が混ざった感情をありありと表情にだしていた。

 

 ポップルは広い倉庫の奥にある椅子に座らされているが、拘束されている訳ではない。しかし両脇に佇む全身白装束の太陽教会信者が恐ろしく、逃げようと試みることもできないでいた。

 

 そう、太陽教会信者に囚われている。ポップルがその事に気付いたのはここまで連れてこられてからだった。急きょ必要になった食材を買うために市場へ向かう途中でポップルを攫った犯人たちは黒装束だったが、この倉庫内には教会やその周囲で見かける白装束もいたことで思い至っていた。

 

 「なんでしょう?」

 「あ、あ、なんでも……」

 

 見上げる姿勢で伺い見ていたポップルと目が合うと、セシルは口以外の表情を一切動かすことなく言葉を発する。

 

 親しくしているタラスを通して何度か話したことのあるセシルの、あまりに普段の印象とかけ離れた様子にポップルは身を震わせた。

 

 「~~~っ!」

 

 しかし建物内での反対側、つまり入り口の方が騒がしくなったことでセシルの視線はそちらへと逸れる。殆ど反応を示さない黒装束とは対照的に、白装束たちは何かに慌てたり、確認したりしているようだった。

 

 「来ましたか?」

 「はい、そのようです」

 

 セシルからの問いかけに、入り口付近で騒いでいた白装束とは別の、少し近い位置に立っていた黒装束が返事をする。

 

 それに合わせたように倉庫の扉が開き、ヤミを先頭にして銀鈴亭のサデアとドズデア夫妻、その次にデベルとその小柄な弟であり兄と同じく禿頭のゲズルが続く。最後にタラスが注意深く入った後、ゆっくりと扉を閉めた。

 

 「お一人しか……、いないようですが?」

 

 入ってきた両親の姿に声にならない安堵を漏らすポップルには構わず、セシルが静かに声をかける。

 

 「一方的に呼び出しといて文句をいうなよ、相棒は用事だよ、用事」

 

 友人にでも話すかのような態度のヤミに、入り口近くにいた白装束たちがざわめく。しかし言われた当人のセシルは反応せず、黙ったままで数秒が経過した。

 

 「……そうですか」

 

 その時間で何事か判断し終わったのか、セシルは深くは問わず、右手を振り上げてから静かな動作で振り下ろす。

 

 「太陽に焼かれるがいい」

 

 それが合図となり、入り口に近い十数人の白装束達がヤミや同行者達へと襲い掛かっていく。

 

 「こいつらはただの信者、というか戦闘の素人か」

 

 全く危ない状況もなく一瞬で白装束達を叩き伏せたあと、デベルが詰まらなさそうに呟く。全員がそれぞれ二、三人ずつを相手にして、それぞれの武器や魔法を使うこともなく白装束達が地に這っている状況が、素人と戦闘を職業にする者との差を表していた。

 

 「っとぉ!」

 

 その瞬間の油断を狙って、閃光が一行へと走り抜けようとする、がとっさに反応した全身鎧姿のサデアが、薄く光る盾でその閃光を受け止めていた。魔力をも防ぐ盾を構えたサデアは上げていた面頬をさげると腰から剣を抜き、指輪を付けた腕を突き出す黒装束へと突進していく。

 

 「おおぉぉっ!」

 

 それに合わせるように、サデアが突っ込んだのとは違う方向へと、デベルとゲズルはそれぞれの武器を振り上げて走り込む。

 

 黒装束の一部とサデア達三人が立ち回りを始めたのをみて、倉庫内の外縁部で取り囲んでいた残りの黒装束達も動きを見せ始める。しかしそれより早くタラスが大仰なデザインのネックレスを握り込んで視線を周囲に走らせた。

 

 「周りのはアタシが牽制します! ポップルさんとセシルさんの確保を!」

 

 その声と同時に、タラスから放たれた空中放電が、外縁部で身構える多数の黒装束達を隔離するように倉庫内を走る。そして運悪くその軌道上にすでに踏み込んでいた黒装束は、魔法の雷に焼かれて声もなく弾き飛ばされ、倒れ伏した。

 

 「しばらくは持ちそうか?」

 「はい! ミリルさんから借り受けたコレ、とんでもないですよ」

 

 魔法の継戦能力に難を抱えるタラスを心配してヤミが声をかけたものの、何時になく自信に溢れた表情のタラスは握り込んだネックレスをちらと見せながら言い切る。

 

 それはフラヴィア商会が秘密裏に開発を進めている、遺物を参考にした実戦使用可能な水準の魔法道具。一般に家事用雑貨程度が限界とされる従来の魔法道具と区別するために、ミリルが魔戦具と名付けた文字通りの秘密兵器だった。

 

 戦闘能力がなく、すでに状況に対して及び腰になっているポップルの脇に立つ白装束は別にすると、これで残るはセシルとその前に立つ黒装束一人が立ちはだかるのみとなっていた。

 

 「では仕上げですね」

 

 そう言って愛用の戦斧を肩に担いだドズデアは黒装束へと向けて、軽快に走り寄っていく。それを受けて黒装束はナイフを取り出すが、他の黒装束達と違いそれは金色の刃をしており、さらにはその刃の形状も大ぶりで禍々しく歪んだものだった。

 

 金ナイフの黒装束とドズデアが互いに近づいて行ったことで、倉庫中央でドズデアと黒装束が対峙し、入り口付近にはヤミが、奥側にはポップルとセシル、そして二人の白装束がいるのみとなっていた。

 

 金ナイフと戦斧で斬り結ぶ二人を挟んで、セシルが油断なくヤミを見据える。しかしこの時セシルは離れた位置にいるヤミを警戒し過ぎていた。その事に本人が気づいたのは、背後から白装束二人の呻き声が聞こえた瞬間だった。

 

 「は?」

 

 振り向くセシルの視界にあったのは、倒れた白装束とポップルを抱き寄せるマレア、そしてデベル一派の最後の一人である陰気な細身の男、ナルットが魔力を纏わせた手の平を自分に向かって突き出す姿だった。

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