第19話 ミリル・フラヴィアの決意

 蝶番の軋む音に振り向くと、神妙な表情のミリルとダルクスが入ってくるところだった。その後ろからはデベル達四人も続く。

 

 「何だい?」

 

 マレアという名前だったらしい例の女が苛立たしそうにシンに声をかける。マレアの左の二の腕には雑に包帯が巻かれていて、少し血がにじんでいるのが見える。シンはそれを見ていたようだけど、何か気になるのかな? さっき聞いていた経緯でセシルからつけられた傷だと思うけど……。

 

 「それを調べれば、確信が得られるかも知れんのぅ」

 

 シンの呟いた言葉に、皆不思議そうな顔をする。

 

 「さっき話してた教会がセシルに何かした可能性の事だな?」

 「そうじゃ」

 

 俺が確認すると、特にミリルとダルクスが大きく驚いたようだ。よろめく様な動きでこちらへと近寄ってくる。

 

 「シンさん、セシルの行動は教会のせいだと……?」

 「それを確かめてみようというわけだの」

 

 言ってからシンはマレアを手招きする。マレアは少し躊躇ったようだけど、目配せしたミリルから縋るように頷かれたことで、覚悟を決めたようだ。包帯を外しながらシンの前へと立った。

 

 「緊張せんでも大丈夫じゃ。すぐに済む」

 

 シンはまだ血の滲む傷口へと顔を寄せて隅々まで凝視している。しばらくして確信を得たようで軽く頷いて、手の平で優しくマレアの傷口を覆った。

 

 「わかったのか?」

 

 息をのんで黙り込むその場を代表するように俺が聞くと、傷を覆っていた手を放してひらひらとマレアに向かって振りながらシンはこちらを向いた。もう確認し終えたから離れていいというジェスチャーだけど、ぞんざいに扱われたマレアは不満そうに口を尖らした。

 

 「なんだい……、って傷が? あの一瞬で治癒魔法!?」

 「そんな!? 今は魔力で治癒をしたような素振りなんて……」

 

 しかし血の跡だけ残して綺麗に傷が消えているのを確認して、マレアがひどく驚く。それに治癒魔法には詳しかったのか、ドズデアも驚愕を声に出して目を見開いている。

 

 まあそれは今の本筋とは全く関係ないから、一旦置いておかせてもらうとして。

 

 改めて目線で促すと、シンが確信のこもった声で告げる。

 

 「この傷をつけた者、つまりセシルはやはり何かの影響を受けておるのぅ。明らかにセシルの物ではない魔力の痕跡が混じっておる。そしてこの傷をつけた刃物じゃが……、黒い刃のナイフだったのではないか?」

 「――っ!? そう……、だったよ」

 

 聞かれたマレアは、どうしてそんなことを知っているのかと表情に出して驚いている。黒い刃をした数打ち物のナイフ、それを俺は知っている。

 

 「あの黒装束と同じか……、これで確定したな。セシルは教会の誰かに操られている。その上でここへきてポップルの誘拐を宣言、さらには俺とシンを呼び出す様に言い残した」

 

 改めて言ったことで、俺とシン以外のその場の全員が驚愕、いや戦慄したのが伝わってきた。教会を良く思っていない者はいるにしても、まさか犯罪組織まがいのことをしているとはだれも考えてもいなかったのだろう。

 

 特にミリルの受けた衝撃は大きかったようで、床に座り込んで顔を手で覆ってしまった。それを見つめるダルクスやデベル達の目も……、あれ? 何故か彼らはミリルを心配するような目ではなく、何かに怯えるような目をしている。

 

 「…………いいでしょう」

 

 驚くほど低く、ブレのない声音でそう言って、ミリルは立ち上がった。眼鏡の奥の目つきは鋭く、これが大店フラヴィア商会の会長なのだと今更に思い知らされる。それ程の迫力を突然に纏っていた。

 

 「穏便に済ませることは止めにします。ええ、残念ですが仕方ないですよね? “銀鈴”のドズデアさん」

 「はいっ」

 

 途中まで虚空に向かって問いかけていたミリルから突然名前を呼ばれて、ドズデアが反射的に背筋を伸ばす。

 

 「久しぶりに我々の依頼を受けていただけますね?」

 「もちろんだよ。あっしらの大事な子達に手を出したんだ、後悔させてやろうじゃないの!」

 

 やけに冷静に話すミリルに、サデアが威勢よく返し、ドズデアも深く頷いている。

 

 「ヤミさん、シンさん、先ほどの話は忘れてください。私の判断違いでした、やはり教会は叩きます。お二人の力を貸してください」

 「一応確認しておくけど、いいんだな? 敵に回すと厄介な相手なんだろ?」

 「はい、大丈夫です。あくまでこの町の教会とだけ事を構えるようにして、外から手出しはされないように手配します」

 

 何の迷いもなくそう返される。トトロンを中心とした交易で大商いをするフラヴィア商会がこう言っているんだから、後は目の前の敵に集中しておいて大丈夫そうだ。

 

 「では作戦を――」

 

 内心に渦巻いているだろう激情を一切表に出さない冷静さが怖いミリルを中心に、俺達はポップルとセシルを救出するべく作戦を相談し始めるのだった。

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