第6話 とことこトトロン

 何にしても野盗は片付いた、ということで馬車の方へと目を向けるが、こちらを窺っていた赤髪が見当たらない。

 

 「と、思ったら」

 

 近づいて地面に倒れる赤髪を見つけて思わず声が漏れる。息はしているしざっと見て大きな怪我は無さそうだから、どこかの段階で気を失ったのだろう。

 

 「中にいるもう一人は、意識があるようだのぅ」

 

 シンがそう言いながら、横倒しの馬車の扉をこつんとノックするように叩いた。そしてすぐさまその内容を証明するように、中からごとっと何かが動く音が聞こえる。

 

 「――ぅく、あれ? あ……」

 

 俺とシンが馬車に注目したところで、今度は倒れていた赤髪が呻きながら身を起こした。辺りを見回してすぐに状況は把握した様だった。

 

 「あ、セシルさん! 大丈夫です、通りがかりの旅人さんが助けてくれたんです!」

 

 馬車に手をかけたまま、どうしようかと思案していたシンを見て、赤髪は大きな声を出す。するとこの赤髪少女の声を聞いたからか、あるいは状況の好転を確認したからか、とにかく馬車の中から微かに聞こえていた悲壮な息づかいは落ち着いていく。

 

 「え、っと、アタシはタラスっていう流れの傭兵で、今はこの馬車の中にいるセシルさんの護衛なんです!」

 「そっか、俺はヤミ・クルーエルだ」

 「わたしはシン・イェンじゃ」

 

 一応というかわざわざフルネームで名乗ってみたけど、特にそれに対してのリアクションはない。ということは姓があるのはそれほど特別ということでもないのだろう。

 

 名乗り合うと、タラスは今は空の方を向いている馬車の扉を開いて、中を覗き込んだ。

 

 「セシルさん、お怪我はありませんか? 頭を打ったりとか……」

 

 あちこちと触れて確認しながら、タラスは中から長い金髪の十代半ばくらいに見える少女を引き上げる。ブレザーの様な服にズボンで、ひらひらという程ではないけど装飾もされていて、いかにも金持ちの旅装束という感じだ。

 

 「災難でしたね、大丈夫ですか?」

 「――っ! あ、その、はい……」

 

 気を使って声をかけてみたものの、蒼白な顔で全身を震わせるセシルは、辛うじてそれだけ相槌をうつと、俯いて黙り込んでしまう。タラスの服の端を握り込んでいるし、まぁ怖くて喋る余裕もないといったところか。

 

 「ところでのぅ、わたしとヤミは町へいきたいのじゃが、お前らが最寄りの町へ向かうならついて行ってもよいか?」

 「あ、はい! というか、馬車もこうなってしまって、同行してもらえるならすごく助かります。というか、今助けてもらったことも含めて、トトロンまで辿り着ければお礼をしますので、お願いします!」

 

 タラスが勢い良く頭を下げて頼んでくる。状況が状況だし、この必死さもまぁ納得だ。

 

 「じゃあそのトトロンまで、一緒に行こうか」

 

 そう決まると、タラスはセシルに何事か確認しながら、大きなリュックを一つ背負う。貴重品はそれだけで良かったらしく、そのまますぐに出発することができるようだった。

 

 歩きながら、色々と話を聞こうと思っていたけれど、その当ては外れそうだ。というのも、タラスはすっかり委縮しているセシルに付きっきりで、雑談をするような余裕はなさそうだ。

 

 ただそのセシルは如何にも金持ちのお嬢様然とした見た目とは違って健脚らしく、その顔色のわりにはそれなりのペースで歩けている。

 

 「町への案内が見つかって、多少の金銭も手に入りそうじゃ。しばらくはそこでゆっくりできそうだのぅ」

 「そうだなぁ、それにさっきタラスは傭兵っていってたから、そういう仕事があるなら金には困っても何とかなりそうだし」

 

 俺とシンののんびりとした調子のやり取りはその後もぽつぽつと続き、予想通りにほとんど情報収集はできないままでトトロンという町まで歩いていくこととなったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る