深淵ちゃんは見てる~理不尽幽閉1000年、同じ境遇の狂神と脱出して楽しく暮らします~

回道巡

序章

第1話 トラックにひかれて死んでから神に会う

 「なぁっ!」

 

 それが俺の人生最後に残した言葉だった。

 

 そして人生最後に見たのは視界一杯にひろがるトラックの前面。そう俺はひかれて死んだらしかった。

 

 しかしそれなら一つ疑問が生じてくる。今これを考えている“俺”はなんだ?

 

 そして目の前に唯一見えるこの光は……?

 

 「ヒカルさん、聞こえていますか?」

 「え、はい」

 

 つい反射的に返事をしてしまう。地味で目立たない優等生として学生時代を過ごし、就職後も同じ課の同僚にすら名前を覚えてもらえなかったほどの地味さを誇る俺としては、初対面……、かは知らないけどとにかくいきなり名前を呼ばれるとそれだけでうれしくなっていい返事をしてしまうのだった。

 

 そう考えるうちに光は人型に収束していき、白い布を何重にも巻き付けるようにして纏った黒髪の女性、それもとびきり美形の女性となった。

 

 「状況は分かりますか?」

 

 状況……、まあ実のところ既に何となく把握はしていた。

 

 「俺、死んだってこと……、ですよね?」

 

 そういうと、まったく感情の窺えない無表情のまま、その女性は手に持った白紙の本をめくり、二、三ページほどを確認した様だった。こちらからは完全に白紙にしか見えないけど、何かが見えているのだろう。

 

 「ええ、その通りです。あなたの肉体はあの世界での命を終えました。しかし世界に予定されていたよりも早かったうえ、もとより持っていたエネルギーが大きかったようであなたの魂は未だ輝きを保っているのです」

 「えぇっと……、体は事故で死んだけど、魂はまだ元気が有り余ってる、と?」

 

 分かった範囲で聞き返すと、その女性はやはり無表情のままで一つ頷いた。

 

 ここまで来ると期待をせざるを得ない。この流れはあれではないだろうか、魂だけ別の世界へ送る、いわゆる異世界転生ではないのだろうか?

 

 社会人になってから数年が経ついい歳の大人とはいえ、だ。仕事に微塵のやりがいも無く、恋人はもちろん友達も一人もいなかった俺としては様々な媒体の物語に没頭する時間は多かった。

 

 そして日々思っていた、こんな人生が実は夢か何かで、ある日突然別の世界の英雄とか勇者とかそういう存在として目を覚まさないかなぁ、とかそういう現実逃避だ。

 

 もちろんさすがに本気で考えていた訳でもないけど、この状況に至ってしまえば期待しない方が無理だろう。

 

 「ヒカルさんの解釈であっています。エネルギー残量の多すぎるあなたの魂はこのままでは次の輪廻へと回せないのです。しかし我々神は人の世の、特に生きている命には不干渉が絶対の掟。その魂に残るエネルギーを直接操作することはできないのです」

 

 きたな、完全にきた。これはもう確定だろう。

 

 「わかりました! どんな世界を救えばいいですか? あ、転生特典は病気にならない体と無限の魔力でお願いします」

 

 物わかりのいい俺としては「何で俺が知りもしない世界を救わなきゃいけないんだ」などとごねたりしない。あ、超絶かっこいい顔とかも追加しとくべきかな、いやそれより魅了のオーラとかか?

 

 しかし、無表情にこちらを見るその女性、先ほどの言葉からするとやっぱり神様だったようだ、は何も言わない。

 

 これはあれだろうか、転生特典なしで苦労して成り上がる系かな。俺としては泥臭いのは遠慮したいんだけどな。

 

 「何を言っているのですか?」

 

 これまでと同じ感情のこもらない声が、なぜかこれまでで一番心に冷たく突き刺さった。

 

 「次の輪廻に回せず、さりとて手を下すこともできないあなたの魂は、これから次元の牢獄へと送られ、そこで全てのエネルギーが消耗されるまで繋ぎ止められます。推定二千年程ですね」

 「……は?」

 

 ちょっと何を言っているのかわからない。牢獄? 犯罪者でもないのに?

 

 「ちょっと待って、ください! え? 俺何かしました? 神様を怒らせるような……」

 「ええ、何もしていませんね、何も。世に何も為さずにその魂を磨り減らしたあなたに今更発言権があるとでも?」

 

 表情は初めから変わらない。けどその声の温度は確かに下がってきているように感じた。

 

 色々な言い訳とか反論とかが頭を過ぎるものの、うまく言葉として出てこない。今は無いはずの喉も掠れている。

 

 「けど……、そんな。次元の牢獄って、何を?」

 

 辛うじて質問を絞り出した俺に、その目の前の神様はやはり無表情のまま口を開く。

 

 「これからわかります。たっぷりと」

 

 それだけ聞こえたところで体が浮いた様に感じ、続けて落下していると認識する。上も下もわからず視界も全て黒しかない、けど確かに何処かへと落ちている。

 

 「いった!」

 

 何処かへと尻から着地して、脳天まで突き抜ける痛みに声が漏れる。

 

 「え……と」

 

 けど痛みとかは正直どうでもいい程度だった。今はこの異様な状況の方が怖い。

 

 「何も、ない?」

 

 確認するように声を出したはずなのに、よく聞こえない。さっきからそうだ。声を出したはずなのに、自分の頭の中に響くだけで、声を出せている気がしない。

 

 ここには声、というか音を媒介するようなものが無いかのような……、そういえば落ちた時も落下の激突音とかがしなかった。

 

 「目は! 開いてる、よな」

 

 思わず手で触れて瞼が上がっていることを確認する。今は事故で死んで魂だけのはずだけど、触れて確認する限りおそらく元の通りの身体があるようだった。

 

 そして確認したことで、確かに目は開いているのに何も見えないということは確定してしまった。ただただ黒だけがここには広がっている。

 

 「はは、は……」

 

 どこにも響かない空笑いを口から溢して、絶望がこみ上げてくる。

 

 「ここで、過ごすって? いつまで?」

 

 どこまでも続く真っ暗闇、紛うことない深淵は何も応えてはくれなかった。

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