平凡な一週間

 今日はりっちゃんとユリちゃんとショッピングに来た。

 ユリちゃんは、坂崎ユリちゃん。メタリック・ヤンキーの同級生だ。

 彼女の落とし物を見つけたことを感謝され、4日前から一緒に下校していた。今日は休日ということで、みんなで出かける約束をしたのだ。


 今日は彼女のバイクに乗せてもらって来た。彼女のバイクには両サイドカーがあるので、安全に3人乗りができる。

 ついでにミサイルと子犬型四足歩行音楽プレイヤー、通称ポチも搭載されている。ポチはかわいい。


「よし、私は新しい靴と工具が買いたいな」

「私はアクセサリーが見たいな」


 りっちゃんと、ファッションという点ではお目当てが共通である。ユリちゃんはどうか。


「……あたしはピアス」

「おお、新しいの買うの? それとも穴をあけるやつ?」


 ユリちゃんは耳とか口とかにいっぱいピアスがついている。その部分は生身のはずだから、痛そうだなあと思って私は見ている。


「穴もあけたいし、新しいのも欲しい」


 ユリちゃんはぶすっとしながらそう言った。彼女は怒っているのではなく、常にしかめ面なのである。

 先日、私たちに「一緒に帰ろう」と言ってきた時はしかめ面で脂汗を流していた。緊張していたらしい。


「どこに新しい穴あけるの?」


 もう穴をあけるスペースがないのでは、という疑問が浮かぶ。


「脊髄」

「へー、見えないところのおしゃれだねえ」


 りっちゃんは感心したようにそう言う。私にはよくわからなかった。やっぱり私には工具と作業靴がお似合いなのかもしれない。


 しばらくショッピングモールを歩くと、立体テレビの映像が目に入った。


『我らが都市の新しい計画。TOKYOからの汚染水の完全除去を!』


 ゴリラ型のモデルを使用したヴァーチャル市長が会見を開いていた。

 市長――この都市、MACHIDAの市長はTOKYO崩壊後の混乱とともにAI化された。国連にそう定められたのである。

 世界の気候変動、TOKYOの崩壊、TOKYOの跡地から発見されたエネルギーを巡る世界大戦、MACHIDAの独立。

 MACHIDAの市長は莫大な資産価値を持つTOKYOの土地に容易に侵入できる都市を運営するために国連に用意された高性能のAIである。

 高性能すぎてMACHIDA独立運動まで行ってしまったほどである。数十年ほど前は美少女型のモデルを使用していたらしいが、不快という意見が相次いだのでゴリラ型になっている。


「市長、相変わらずゴリゴリしてるね」

「ゴリラだからね」

「でも、ウホとは言わないよね」

「本当のゴリラもウホって言わない」


 ユリちゃんから意外な豆知識が出たところで、私たちの興味はゴリラからお目当てのお店へと移った。

 私は本当はホームセンターに行きたかったのだけど。


 りっちゃんが私から見ても女の子らしいアクセサリーを選ぶ一方で、ユリちゃんがトゲトゲしたウニみたいなピアスを選んでいる。

 私は作業靴が欲しかったので丈夫そうなブランドのコーナーにいるが、このレベルでは私を満足させられない。

 私は靴底で踏めば砲弾すら破壊できるような作業靴を求めているのだ。ファッション性に配慮して刃物くらいにしか対応できない靴ではダメだ。

 ホームセンターなら私の欲しいものは大抵ある。ビームのエネルギーにそれを弾くビームコーティング、衝撃波の出るスクリュードライバーなどなど。


「マイちゃん、欲しいの買えたから次はホームセンター行こうか?」

「え、いいの?」

「うん。ユリちゃんもいいって」


 ユリちゃんの方を見ると、彼女はしかめ面で頷いた。ピアスがガチャガチャと音を立てて鳴る。

 私は嬉しくて、スキップしながらホームセンターに向かった。


 ホームセンターには本当に何でもある。食獣植物(人は食べません)の種や汚れを吸い取るスライム、滅雪剤、エトセトラ。

 基本的には家庭周りで必要となるものばかりだけど、私にはその程度の道具で十分だった。


「マイちゃん、嬉しそうだね」

「うん……マイちゃんは機械いじり得意なの?」


 私がマイクロ波の出るドライバーと衝撃波の出るドライバーのどちらにするか悩んでいると、ユリちゃんが目を少し輝かせて聞いてきた。


「得意……というか、好きではあるよ」


 機械をいじって魔改造するのは好きである。

 ガラクタの神様を見ていると自分のレベルなんてまだまだだなと思ってしまうが、そんじょそこらの機械工に負けるつもりはない。


「そ、そしたらさ、あたしのバイクも見てくれないかな?」

「ユリちゃんのバイク?」

「……改造に悩んでるんだ」


 話を聞くと、ユリちゃんは理想のバイクの形があるのだけどそこにたどり着くための技術を持ってなくて、私の力を貸して欲しいということだった。

 私の力が役に立つかはわからないけれど、たまにはガラクタ以外もいじってみたくて快諾した。

 改造場所はユリちゃん家のガレージ。道具は揃ってるそうだ。

 りっちゃんはお菓子を作ってから合流すると言って、一旦別れた。


 ユリちゃんの家。

 とても大きい家で、そのガレージだけで私の家の半分くらいある。


「……ユリちゃん、お金持ち?」

「親がちょっとね。TOKYOで仕事してるんだ」


 崩壊したTOKYO。

 そこは未知のエネルギーの宝庫である。様々な用途があるエネルギー結晶体はかつての土地名を取られてSHIBUYA、BUKUROなどと呼ばれる。

 TOKYOで働いているということは、そのエネルギー結晶体を採掘する仕事を指す。実入りと危険の大きい仕事だ。


「そしたら親御さんは、今日もいないの?」

「今回は一ヶ月くらい前から。いつものことだよ」


 ユリちゃんは仏頂面を少し寂しそうにして、ガレージの扉を上げた。

 中には一台のバイク。今日乗せてもらったバイクを含めるとユリちゃんのバイクは二台だ。

 ガレージの中のバイクは私たちを乗せたバイクと違って、一人乗りだ。サイドカーが飛び出す仕組みもない。


「……こっちが改造してるユリちゃんのバイクだね。ちょっと詳しく見せてもらうよ」

「うん、お願い」


 バイクは操縦席を覆うように耐衝撃性軟質プラスチックを展開している。フォルムは流線形で、スピードを出しやすい作りだ。

 使っている部品は上々、ギミックには戦車にも使われる高出力のビームを使用している。

 このバイクは、ある目的で作られている。


「このバイク……ユリちゃん、親御さんのこと?」

「うわ、マイちゃんすごいね。見ただけでわかるんだ。そう、そうだよ。あたしは親の仕事について行きたいんだ」

「まあ、簡単な推理だよ。ユリちゃんの事情、あとバイクのこの形状と武装を見ればね」


 私は悩む。

 これはユリちゃんの将来の夢に関わる重大なことだ。

 まだ友達になったばかりだけど、彼女を応援したいと私は思っている。


「……ユリちゃん、このバイクだけど」

「う、うん」

「耐久性は大丈夫だと思う。でも、エンジンに問題がある」


 私が気になったのはバイクのエンジン。ビーム兵器を使うならこのエンジンでは物足りない。

 ビームのエネルギーを別口で用意しているため、バイクの大きさも無駄に大きくなっている。


「エンジンも良いやつ使ってるんだけど……」

「良品だと思うよ。でも、足りない。ビームのエネルギーとエンジンを直結させる」

「そんなことしたら!」


 普通のエンジンではビーム兵器なんて使用できない。


「だから、これを使う」


 私は作業台に銀色に輝く大きな石を置いた。

 ユリちゃんが驚愕し、目を見開く。


「これって……SHIBUYA METAL? マイちゃん、だったの?」

「ダイバーではないんだけど、ちょっとした伝手でね」


 ダイバーとはユリちゃんの両親の仕事。

 普通、TOKYOのエネルギー体は国連の組織や大企業の軍のような装備を揃えられるところしか手に入れることができない。

 私はガラクタの神様に譲ってもらった。エネルギー体を個人で手に入れられる人間は存在する。

 大抵は世界中に名を轟かせる有名人となる。それがMACHIDAのガラクタ置き場でロケット作りに精を出しているのだから謎である。


「これを手に入れられる人と知り合いで、しかも譲ってもらうなんてすごいね」

「ふふ、いつか紹介するよ」


 ユリちゃんはキラキラした目で「絶対だよ!」と言った。

 しかし、すぐに表情が暗くなる。


「でも、いいのかな……あたしのためにそんな」

「TOKYOで取れたものの使い道は、所有者が決める。だからこそ、国連や企業は契約とダイバーの高待遇を徹底しているはずだよ」


 私がそう言うと、ユリちゃんは静かに頷いた。

 さて、夜通しの改造が始まる。楽しみだ。


 その日はりっちゃんも合流して、みんなクマのできた目で次の日学校に向かった。



◇◇◇




 下校して、三日ぶりにガラクタの神様に会いに行く。

 私、友達のバイクを改造したんだ。神様に「ここぞという時に使え」と言われた石、使っちゃったよ。

 友達のためだから、いいよね。


「神様?」


 ガラクタ置き場に、神様はいなくなっていた。

 ロケットとともに、いなくなっていた。

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