第二話

「え なにかまずいことがありましたか やっぱりこんな電話すると逮捕されるんですか すみません」

「いえね どうもあなたのことが他人事とはおもえませんでね」

「――というと」

「わたしも自殺くらいかんがえたことはある 現代日本人のほとんどがそうでしょう なのに 現実には『死ぬ権利』すらない というか 死ぬ手段さえないのが現代社会です みんな死にたいとおもいながら生きている ですが 実際に 拳銃を手にいれようと『ここまでたどりつく』人間はそうそういない」

「――褒めてくださるんですか」

「いやあ なんというか わたしもね というか 日本の八九三はですね 堅韌な縦社会ですよね 最初は 事務所の掃除からはじまって 過酷な肉体労働を閲して 漸漸 兄貴分と杯盞をかわし 舎弟の身分になれるんです それまでには何度か刑務所暮らしを体験するのが普通です すると みんなひまだから読書するんですよ わたしもね 兄貴のしのぎのみがわりになって実刑をうけたときに 一年半で 『ソクラテスの弁明』から『不完全性定理』まで讀んだものです 無論 フロイトだって讀みましたよ」

「はあ」

「現代の精神分析学によると ほとんどの人間が統合失調症発症の遺伝子をもっているといわれます 第一条件としてその遺伝子を両親からひきついでいること 第二条件として生きているうちにすさまじいストレスにされされること これによって統合失調症を発症するというのが通説らしいですね」

「はい まあ そうなんですが――」

「畢竟 あなたはそれだけ艱難辛苦の人生をあゆんできたとおもうんです まずはそのあたりを話していただけませんか」

「あなたは精神科医の免許でもおもちなんですか」

「いやあね さきほどもうしあげたとおり 『ここまでたどりつく』自殺志願者ってのもめずらしいんでね そこはかとなく あなたに興味をもったんですよ」

「いえ ぼくもこういう話ができるのは主治医くらいなんで 聴いてくださるのならば なんでもお話いたします」

「ありがとうございます」


――つづく

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