異世界信長11

 股間をいじりながら不敵に笑う俺を見て、森長可はみるみるうちに顔を真っ赤に染めると、青黒い血管を浮き上がらせて腰の刀に手をかけた。


「知っておりますとも、森長可殿」


「なに」


「あなたほど哀れな男はいない」


「なんだと、貴様」


「森長可といえば私たちの未来では知らぬ者のいない英傑。それこそ童が謳い語り継ぐような。それがまさかまだ足軽……いや本当に、まさか歴史がこれほど変わろうとしていようとは……」


 俺はなにかそれっぽい雰囲気が出せるよう懸命になにかを演じた。ええい、なんでも良い。武士っぽい何かよ、俺に宿れ。


「歴史が変わったとはなんだ」


「本来ならばあなたはすでに天下を平らげ己の幕府を開いておりまする」


「馬鹿を申せ。貴様、わしを謀る気か」


「謀ってどうするのです。それはあなたを前にして無駄なことです。鬼武蔵殿」


「鬼武蔵」


 この時代の男は鬼という言葉に惹きつけられ、やたら呼ばれたがることを俺は知っている。


「あなたは本来ならば、本能寺にて信長様が明智残党に討たれた後、その剛力をもって単身斎藤利三に斬りかかりそれを討ち取ったばかりか、明智の軍勢を中央突破して逃げ切るのです。そして信長様の遺志を継ぐべしと天下に檄を飛ばして義挙を行い、やがて織田家の重臣であった柴田様や丹羽様からその武勇と心意気を頼まれ、織田の中心となるのです。北条は片手で捻り潰しました……」


「わしが、柴田様に……」


「そしてなんやかんやのあと、織田家の後見人となり、色々あって天下人となったあなたは」


 強風が吹いたかと思うと、俺の首に刀が突きつけられた。


「ホラを吹くか貴様ぁ!」


 あと、ひと押しだ。


「鬼武蔵殿……あの姫のことはよろしいのですかな?」


「……姫?」


「そう……あの日信長様の妾としてやってきた、あの美姫にござります」


「……柿姫のことか? あれは年増だが、確かに美人だと思うておった」


 そんな姫いたっけか。


「あの美姫こそ、あなたと添い遂げる運命にあった女性にござる」


「馬鹿な」


「それが信長様の妾とは、これが哀れでなくてなんだというのでしょう。まさか寝取られなどと……いや、一度も寝てすらおりません。まあ今のあなたに言っても無駄か。足軽頭など、元北条攻囲軍大将であり元明智軍軍師である私が関わりを持つ相手とは思えませんな」


 森長可はわなわなと震え、目を泳がせた。


「わしは……どうすれば。今からでも、鬼武蔵……」


 俺は立ち上がると、震える鬼武蔵の胸ぐらを掴んで、大声で言った。


「男ならば勝ち取るのです。今でしょ、鬼武蔵ぃ!」


 鬼武蔵は「ぐわ」と叫んだかと思うと、俺をとんでもない力で突き飛ばした。

 そして抜身の刀を大きく振りかぶると、まさに鬼の形相となった。

 思ったとおりだ。鬼武蔵こと森長可は織田家随一の短気者であり、猛将。そして馬鹿一等賞なのだ。


 森長可がその刀で一閃すると、俺の後ろで鼻くそほじってた武者の身体が二つに割れた。そして彼は俺へ返り血まみれの手を差し出し、英気みなぎる目でこう言った。


「わしはこのままで終わらん。わしは天下で柿姫を抱き幕府を開く。オレ殿、わしと共に来てくれ。その知恵をもって歴史を正しくするのだ。ここはわしが中央突破するゆえ、ひとまずは逃げようぞ。さあゆくか、鬼武蔵の始まりじゃあ」


 素敵な人だ。俺は大きく息を吸い込んでから、彼に答えた。


「足軽頭森長可、乱心! 者どもであえ! であえ!」

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