異世界信長10

 あっという間に河原に引き出され、突き放された。俺はその勢いのままずっこけ膝を擦りむいた。


「座れい」


 武者のドスの聞いた声に俺はただただビビりながら従い、河原の地面に正座する。

 別の武者がやって来て、俺の目の前になにか置いた。

 三方と呼ばれるお盆に足が生えたようなやつと、短刀。すなわち時代劇でよく見る腹切り入門セットがそこにあった。

 絶句している俺に武者が声をかける。


「できぬのなら、斬首ということになる。仮にも北条攻囲軍大将であった者が、それで良いのか」


 俺は答えようと声を絞り出した。涙声になっていたので、自分でも驚いた。


「だ、だってぇ……腹切れってぇ」


 涙が溢れ出してきて、もはや止まらなくなる。


 それを武者はじっと無言で見つめる。表情は、無い。

 やがて、「哀れ」とだけ呟くと武者は腰の刀を引き抜き、振りかぶった。


「待った」


 腹切りセットを持ってきた方の武者がそう言って制止した。


「勝蔵。なぜ止める」


「首を斬る前に、やはり聞きたいのだ」


 勝蔵と呼ばれた武者は、泣きべそをかく俺の前にしゃがむと野太い声で尋ねた。


「お主、未来から来たのだったな」


「……はい」


「ならば、わしを知っておるか?」


「はい? あなたのお名前は?」


森勝蔵長可もりながよし。足軽頭をやっている」


 森長可……! 俺はその名を聞いて目が覚める思いがした。知っている。織田の古参にして宿将ともいえる森可成の子で、武勇の持ち主。確か小牧・長久手の戦いで戦死したはず。それに足軽頭なんてよりずっと高い地位で、城持ちだった。

 良い方に向かうばかりじゃないんだな、と俺は思った。それもそうか、この世界の歴史はもうぐちゃぐちゃなんだ。


 森長可は苛立つように言う。


「俺を知っておるのかと聞いている」


 織田軍随一の短気な武将だったということを俺は肌で感じた。


「し、知っております」


「ならば答えよ、未来のわしはどうなる。このような小者として終わるのか」


 その時俺はひらめいた。そして自分が歴史が得意だったことに心から感謝した。


 ふははは、見ておれよ織田信長。これから始まるのが俺のリベンジなるぞ。


 おしっこ漏らした股間をちょっとかきながら、俺は不敵に笑う。










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