異世界信長9

「次。ええ、明智家軍師、オレ殿。元織田家北条攻囲軍大将、どうぞ」


 そう呼ばれて俺は陣幕の中に入り、入るなり腰を抜かした。


 織田信長は陣幕の中でカーペットのようなものに寝そべっていた。その肘掛けとして斎藤利三の白目を剥いた首があった。


「おう、オレか。久しいな。明智の残党共の軍師になったか。打ち首にはせぬ。腹を切らせてやるゆえ、安心しろ」


 俺はおしっことおしっこではない物両方を漏らして、その場にへたりこんだ。


 これが織田信長。異世界から来た人間がいようと未来を知っていようと、そこらの人間が太刀打ちできるような男じゃない。そしてこの男は、この時代で最も残酷な男の一人なのだ。


「だが貴様からはまだサッカーを学んでいる最中だ。俺を一流のプロストライカーにするとの言、偽りないのならもう少し生きながらえさせてやっても良い。その後、腹を切らせてやる」


 俺は正直に、全てを話した。


「信長様、俺は正直、サッカーに詳しくないのです。というかむしろ興味なんてない。汗かくの嫌いだし。Jリーグはもう流行ってな」


「ならばなぜ俺に言った」


「だってあなたが怖かったから」


「恐るがゆえにホラを吹き、俺を踊らせたか」


「申し訳ありません」


 すると信長が大笑いした。腹を抱えて、ガハハガハハと身をよじりながら。

 周りにいた家臣たちが信じられないものを見たという顔をする。


「で、あるか。まるで猿のようなやつよ。やつは俺が斬ったが」


 恐ろしく上機嫌。これは僥倖。俺は心の底でほくそ笑む。

 信長は俺を見るとさらりと言った。


「さて、もういいだろう、腹を切れ」


「えっ」


 そして俺を睨みつけると、暗く静かな声で言った。


「俺が裏切り者を許すのは、そいつが使えるからだ。松永弾正もそうだった。だから俺は許した。だがお前は違う。サッカーもろくに知らぬただのホラ吹きではないか」


「で、でもさっきはあんなに笑って……ほ、ほら私なら信長様を楽しませられます! 芸人としてお側に置いて下さい」


「道化は無用。あの世の爺に叱られるゆえな」


 そうかこいつ平手が死ぬと改心するんだった−−。

 頭が真っ白になる。信長の側に控えていた武者達が、具足と刀をこすらせる物騒な音を立てて俺を取り囲み、腕を掴む。


「連れて行け。腹を切れぬようならば、首を刎ねよ」


 信長の姿が小さくなっていく。俺がこの武者たちに引きずられているから。


「あ、あああ……ああ……」


 声にならない声を上げ続けても何も起こらず、俺はこうして首を刎ねられることになった。

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