第9話

「どうしたら、良かったっすかね……」

 圭一と由衣子は由衣子の部屋の前に帰ってきたところだった。

 子猫をもとの位置に……自転車置き場の脇の段ボールの中へと置いてきた帰りだった。

 圭一は由衣子に送ります、と申し出たものの、後味の悪い思いを抱えていた。話は弾むべくもなく、ただ無言で由衣子の部屋の前まで帰り着き、つい、圭一はそう言ってしまった。

 はっと由衣子が顔を上げた。

 その顔を見て、こんな時だけど、やっぱり好きだなと圭一は思った。寄せられた眉とわずかに開いた唇を良いなと思った。圭一は照れくさくなって、目を逸らした。

「いや、俺が……引き取れって話なんですけど。一度は部屋に入れたんだから……ヘタレですみません」

 情けなさも湧いてきた。だから、余計に好きな人の顔から目をそらす。格好悪い。

 そして、あの子猫は今夜からどうやってあの箱の中で夜を過ごすのかと思うと胸が締め付けられた。

「それなら私だって……!」

 思わず声を大きくして、由衣子はあっと口へ手を当てた。あたりは暗く、廊下へ声が響くのが恥ずかしかった。

「……私だって、良い大人なのに何も提案できなくて……。実は、最初はあまり興味なかったんです。ただ、見つけたからには、大人だから、ってあの子の前で良い顔して……」

 その結果がこれです、と自嘲的に手に下げた軽いビニール袋を持ち上げてみせた。

 買ってきた猫用ミルクの空箱が中には入っていた。中身は子猫と一緒に段ボールの中置いてきたのでもうない。良い気になって、子猫に夢中になりかけて、結局またあの箱の中へと子猫を追い返してしまった。

 圭一は慌てて言った。

「あの、俺、職場で聞いてみます。飼える人がいるかどうか……。捨て猫の、譲渡会っていうのもあるらしいし……」

 自分たちにできるのは、多分それくらいだ。あの箱の中で猫が大家に見つからないように、願いながら……。

「私も……」

 ふいに由衣子が顔を上げた。思わず圭一も由衣子を見る。

「私も、この状況が長くなるようなら連れて帰ります」

 由衣子は自分でもびっくりするくらいきっぱりと言い放った。

「大家さんに怒られても良いです!なんなら、説得します。子猫の飼い主が見つかるまでで良いからって」

 圭一は目を丸くした。由衣子も自分で驚いた。誰の目も気にせずに自分の意見を言ったのはどれくらいぶりだろうか。気分がすごく良かった。

 しーっと思わず圭一は由衣子に詰め寄った。今の話題は人に聞かれればまずい。子猫のことを告げ口した相手がどこにいるのかわからないのだ。

「それは、……とりあえず、明日にしましょうよ。美紗希ちゃん、も帰っちゃったことだし」

 説得している自分が圭一はおかしかった。向こう見ずな発言をするのは自分の専売特許だ。それが、どこか冷静に由衣子を諭している。こんなに物事を考えて行動するのは初めてだった。

「3人で、明日また。きちんと話し合いましょう。見つけたのは美紗希ちゃんですよね。決定権は彼女にある。俺……僕らは、大人なんだから彼女をサポートするつもりで」

 由衣子は興奮しながらもうん、と圭一に頷いた。気持ちが良かった。

 二人はなんとなく笑顔をお互いへ向けた。どうにかなる気がした。

 美紗希へ「明日、土曜日の朝9時に自転車置き場へ集合」とラインし、二人は別れた。

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