第7話
「猫か……」
なんとも妙な気持ちで政春は独りごちた。
寝室だった。猫のことをアパートの大家に告げたことは、後悔していなかった。後悔していないはずだった。
先に眠っていたはずの妻が「え?」と小さな声を上げた。
政春は狼狽した。妻の意外そうな声に、虚を突かれたのだった。
「いや、その……」
思わず言い訳をしようとしていた。狼狽した自分に驚いていた。
「猫……?」
聞き返してくる妻の声が心なしか弾んでいた。布団から、ベッドへ寝る生活に変えたときに、ベッドは付けずにそれぞれで寝れるようにしていた。そのベッドの上で、妻が身を起こしたのがわかった。
「猫が、どうしたの?」
妻の聞き返してくる声が、優しく寝室の闇に響いた。
「あぁ、その……猫、でも飼うのも良いのかなぁと」
嬉しげな妻の声に心のどこかがコトリと動いた。それはとても暖かく、驚きとともにじわじわと広がった。心にもない言葉がすらすらと出た。暗い寝室で天井を見上げながら、喜んでいる妻の顔が目に浮かんだ。久々に見る笑顔だった。
「猫を見かけたんだよ、黒い子猫。裏のアパートだ。……誰も飼う人間がいないのなら、家で引き取っても良いんじゃないかと」
薄暗い中で、みるみる妻が嬉しそうにする気配がわかった。実際、ほうっと感嘆のため息を漏らすのが耳に届いた。「動物は苦手だって言ってたじゃない」と、小さく笑う声が少し離れた隣からする。それは心地よく、頬にくすぐったい感触だった。
「……隣の大家に、聞いてみるよ。猫がどうなったか」
政春は満ち足りた声で妻と話した。
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