第21話 スリからの依頼
喫茶店に戻ると、ベルがこちらを指さした。アークは軽く片手を上げて応じる。
「待たせたな、二人とも」
「十分ほどを『待たせた』というのですね。記録しました」
何ともマイペースなスノウの物言いに、アークは苦笑する。
「ねえ、そっちの人はだあれ?」
ベルに問われ、アークは傍らに立つ男の名をまだ聞いていなかったことを思い出す。
「俺はラクエルってんだ。よろしくな!」
さっきまでの必死さはどこかに消え、ラクエルは脳天気そうに自己紹介した。
「で? 頼みとは一体何だ? 了承するかどうかはわからんが、ひとまず聞いてやる」
ついさっき出会った、しかもスリを働いた人間においそれと力を貸すほど、アークもお人好しではない。わざと、少しとげのある物言いをしてやった。
「ああ。実はな、俺の嫁さんが変な宗教にはまっちまってよ……」
「宗教?」
今まで自身とはまったく関わりのなかった言葉だ。先程までとは違い、アークは親身になってラクエルの話を聞き始める。
「セグ教っていう新興宗教さ。聞いたことねえか?」
「いや、聞いたことがないな……」
そもそも、アークは無神論者だ。そして、興味のない事柄にはまったく耳を貸そうとしない。
「おめー、モグリかよ。都では結構有名なんだぜ。このところ起きてる、不気味な通り魔事件と同じぐらい」
「そうなのか。オレは興味がない情報を仕入れることがないのでな」
最近、都中を騒がせている謎の通り魔事件は知っていたが、新興宗教に関してはまったく関知していないアークだった。
「そーだったのか。とにかくな、そのセグ教に嫁さんがはまっちまったわけよ。そのせいで、夫婦仲も悪くなっちまってな……」
「それは、あんたが単に甲斐性なしだからではないか?」
アークが嫌みを言うと、ラクエルは「うっ」と声を詰まらせた。
「しょうがねえんだよ。ここんとこの不況は知ってるだろ? 俺が働いてた工場も経営難でよ、この間解雇されちまったんだ」
「それで?」
「それでな、そのセグ教の教祖ってやつが異能を使って奇跡を起こしてるらしいのさ」
その言葉にアークは反応する。
「異能だと? 何か証拠はあるのか?」
「証拠かあ……。よくわかんねーけど、何でも不治の病を治したり、動かなくなった機械を簡単に直しちまったりするらしいぜ」
アークは思案する。いくら異能が万能だといっても、故障した機械を直すのはともかく、不治の病を治すことはできない。そんなことができたら、まさに奇跡の領域だ。
「まいったのは、嫁さんが残り少ない金を全部セグ教の寄付につぎ込んじまったことなんだ。だから、俺は仕方なくスリに手を出したわけ。もっとも失敗しちまったけどな」
ラクエルはやれやれとばかりに肩を竦める。
「なんだ、もしかして今日初めてスリをしたのか?」
「そうだ。おめーみたいな子供相手だったら、成功すると思ったんだがなあ」
今まで黙っていたスノウが、不意に発言する。
「スリ……それは悪いことですか?」
「ああ、そうだ。よく覚えておいてくれ」
アークは強く念を押した。スノウはうなずくと、ラクエルをビシッと指さした。
「この人は、悪い人です」
「……そりゃあ、そうかも知れねえけどさあ。未遂に終わったんだ、大目に見てくれよ」
たはは、と困ったように頭を掻くラクエル。その様子を見たアークは苦笑いする。
「それで? 一体オレにどうしろというのだ?」
不意にラクエルの顔が真摯なものになった。
「俺が思うに、セグ教には何か裏がある」
「なぜ、そう思う? 何か確証でもあるのか」
「いや……別にねーけどよ」
アークは思わず拍子抜けする。
「何だ、ないのか」
「い、いや、ただの男の勘だけどよ。それに新興宗教なんて、なんかうさんくせえじゃねえか」
「まあな……」
決して、すべてがすべてそうではないが、宗教には不穏な影がつきまとう。だから、アークは素直に神を信じることができないのだ。
「だから、おめーにセグ教の裏を暴いてほしいんだ。異能を使える人間なら、それくらいお手のもんだろ?」
事も無げに言うラクエルに、アークは反論する。
「簡単に言うな。異能とはいっても、オレは稀言使いだ。何だかわからない種類の異能の本質を暴くのは、結構骨なのだぞ」
「そうなのか……」
一瞬、落胆した様子を見せるラクエルだったが、次の瞬間、突然かけていた椅子から降りて、猛烈な勢いでガバッと土下座をした。
「大変なのはわかってる。だが頼む! もう俺にはどうにもできねーんだ! もしセグ教がインチキしてるってわかったら、嫁さんも目を覚ましてくれるかもしんねーし……」
店中の人間の視線が一斉にこちらに集中する。それに気づいたアークは、きまりの悪い思いになった。
「わ、わかった。何とかしてみるから、とにかく顔を上げてくれ」
「本当か!?」
ラクエルの顔がパアッと輝く。
「ああ、本当だ。ただし、あんたの望む結果になるかどうかはわからんぞ?」
「構わねえよ。とにかくあの教団のことを調べてくれればいい。そしたら、その結果がどうなろうと納得するからよ」
「そうか。それで、そのセグ教というのはどこにあるのだ?」
「案内する! 俺についてきな」
ラクエルにそう言われ、アークは同じテーブルについていた連れ二人を見た。ベルとスノウは話の流れが読めないのか、狐につままれたような顔をしている。
――そうだ、この二人はどうするか……。
かなりの時間、今いる喫茶店で過ごしてしまった。これ以上居座られては、さすがに店主もよい顔をしないだろう。
「……仕方ない。ベル、スノウ、お前たちもついてこい」
「どこいくの? たのしいところ?」
ベルが無邪気な笑顔で言う。
「済まん、楽しいところではないのだ。とにかくおとなしく、いい子にしていてくれ」
「うん、わかった!」
そして、ずっと黙っていたスノウが口を開いた。
「わたしは、アークが行くところなら、どこへでも行きます」
かくしてアークたち一行は、セグ教に乗り込むことになった。
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