第20話 都テスラ


 都への旅の二日目――今日もよい天気だった。これなら正午過ぎには都へ着けるだろう。


「いーい天気だねえ」

 

 ベルは気持ちよさそうに大きく伸びをした。その傍らにいたスノウが感心した様子を見せる。


「青い空、白い雲……あれを『いい天気』というのですね」

「そうだよ、おねーちゃん。知らなかったの?」

「はい、今知りました」

 

 スノウの返答を聞いたベルは、少し得意げに言う。


「えへへっ、ベルはしってたよ、あおいそらがいい天気だって!」

 

 二人のやりとりを見ていたアークは、小さく笑む。


 現時点では、スノウより幼いベルの方が知識が豊富なのかもしれない。そんなことを考えると、少しおかしくなった。だが、それも今のうちだろう。数日、一緒に過ごしただけだが、スノウの知識の吸収スピードは速い。何日かしたら、ベルの知識など軽く追い越してしまうだろう。


「では、行くか」

 

 アークたちは、再び都へと向かう旅路に足を踏み入れる。昨日までと比べ舗装されている道が多いせいか、思ったよりも早く都へ着けそうだ。

 

 アークの読みどおり、正午過ぎに一行は都へ辿り着いた。


「わあい、みやこだ、みやこだ!」

 

 都の入り口である大きな門の下、ベルがうれしそうにはしゃぐ。


「ここが都……」

 

 スノウがキョロキョロと辺りを見回した。


「名はテスラというのですね」

「もうわかったのか、さすがだな」

 

 この都の名を教えようとする暇も与えず発言した彼女に、アークは感心する。


「はい。でも、入り口に立っただけでは、十分な情報は得られません。この中を

探索しなければ、細かなことまではわたしの中に刻み込めません」

「そうか。では、都の中を案内するとしよう」

 

 アークたち三人は都、テスラの中へと踏み込む。都の中は昼時ということもあってか、大勢の人々でごった返していた。


「あいかわらずの人混みだな。ベル、はぐれるな。スノウもな」

 

 アークはベルと固く手をつなぐ。そして、スノウを振り返り、ちゃんとついてきていることを確認した。


「ここが食品屋、あそこが洋服屋……ですね」

 

 前にも言ったとおり、スノウはその場所を歩いただけで、そこの情報を手に入れていた。

 

 アークはふと思う。確かに生ける記録書、生霊の書は便利だ。だが、たしかジルフといったか、何らかの組織に属しているであろう人間が奪いに来るほどのものだろうか。

 

 ――ほかに、何か特別な使い道でもあるのか?


 アークが思索に耽けようとした次の瞬間、すれちがいざまに誰かとぶつかってしまった。


「ああ、済まない」

 

 考えごとをしながら往来を歩いていた自身に非があると思い、アークはぶつかった若い男に即座に謝る。


「いや、いいんだよ」

 

 予想に反して、若い男は愛想よく返事をしてきた。そして、なぜか気分よさげにアークの脇を通り過ぎていく。その姿を訝しげに見たアークはあることに気づき、反射的に懐を探った。


「しまった……!」

 

 アークは内心舌打ちをする。そして、即座に若い男の後を追おうとした、そのときだ。


「アーク、どこへ行くのですか?」

 

 背後から声をかけられ、アークは思わず振り向く。その先には、不思議そうな顔をしたスノウとベルが立っていた。

 

 アークは躊躇する。今、自分は一人ではない。幼子であるベルと、生まれてきた赤子同然のスノウを雑然とした街中に置き去りになどできるはずもなかった。

一体どうしたものかと周囲を見回すと、すぐ傍に一軒の喫茶店があるのを見つけた。アークは急いでそこに連れの二人を連れていく。


「いいか二人とも、オレが戻ってくるまでここで待っていろ」

 

 そして、近寄ってきた店主に冷たい飲み物を二人に出してくれるよう頼むと、急いで店を出た。再び大通りへ出ると、アークは自分とぶつかった若い男の姿を捜す。

 

 ――いた……!

 

 見ると、若い男は狭い路地へゆっくり曲がる途中だった。その姿を見失わないよう、アークは慌てて走り出す。


「待て!」

 

 若い男を追って狭い路地を曲がったところで、アークは大きな声を上げた。それに驚いたのか、若い男の肩がビクッと震える。


「げ……っ、気づいたのかよ?」

「馬鹿者、あのような下手なスリに気づかないわけあるか!」

 

 アークはそう怒鳴ると、若い男の手にした自身の財布を取り返すべく、彼に飛びかかる。


「おっと」

 

 若い男は身軽な動作でアークを避けると、駆け出した。彼の走る速度は意外に速く、気を抜くとすぐ引き離されそうになる。このままでは若い男を見失ってしまう。そう感じたアークは一計を案じた。


『……片時も離れぬ影よ』

 

 静かに息を吐き、アークはゆっくりと稀言を紡ぐ。


『彼の者を捕らえ、我の前に差し出せ!』

 

 唱え終わると、離れた場所にいる若い男の周囲で変化が起こった。


「な、なんだあ…っ!?」

 

 若い男が驚愕の声を上げる。無理もない、突然足元の影が伸び、自身の足に絡みついてきたのだから。

 

 影に足をとられた若い男がその場に倒れ込む。それを見たアークはふうっと息をつくと、彼の元に歩み寄った。そして、若い男が握っていた自身の財布を取り上げる。


「これは返してもらうぞ」

「ち……っ」

 

 若い男は悔しそうに舌打ちした。


「まったく、オレのような小僧から金をせしめようとするとは……あんたには矜持というものがないのか?」


 アークの言葉に、若い男がばつの悪そうな顔を浮かべる。


「……仕方ねえだろ。そうでもしないと、俺には金が稼げねえんだから」

「金が必要なのか?」

 

 アークの問いに若い男が黙り込む。彼は少しの間そうしていたが、ふと思いついたように声を上げた。


「それよりよ、おめーが今使ったの異能ってヤツだろ?」

「ああ、そうだが。それがどうした?」

「あいつと同じか……」

「あいつ?」

 

 若い男の話がまったく要領を得ないことに、アークが少し苛立ち始める。それに気づいたのか、若い男が気遣わしげにこちらを見た。


「あ、悪い。ちょっと、こっちにも事情があってよ」

「……そうか。だが、それはオレには何ら関係あるまいな」

 

 当然のごとくそう言うと、アークは若い男の戒めを解き、その場から立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 若い男が慌ててアークを引き留めた。一体何だというのだろう。アークは仕方なしに若い男を振り向く。


「俺、今すっげー困ってんだ。どうか、おめーの力を貸してくれねえか?」

「何?」

 

 思いもよらない申し出に眉根を寄せるアーク。若い男は不意にパンッと両手を合わせた。


「頼む、このとおりだ!」

 

 もう土下座でもしかねない勢いに押され、アークは困り果てる。

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