第16話 大きな迷子(1)
一つの小さな町があった。
都と農村地帯の中間に位置した場所にある小さな町。そこに住む人々には都、農村地帯に住む人々と一線を画す部分があった。
異能を持つという点である。稀言使いや紋章使い、白魔術や黒魔術、先見など種類は様々ではあったが、その町に住む人間は皆、何かしらの異能を持っていた。
常人が持ち得ない能力、異能を持つ人間は少なからず疎外される。尊大な人間からは蔑まれ、卑屈な人間からは妬まれる。それはどの場所にあっても、いつの時代にあっても変わることはない。事実、彼らは以前「異能狩り」と呼ばれる迫害に遭っていたのだ。
そんな、どの場所にも属することが難しい人々が自然と集まり、寄り添うように生活していたのがその小さな町だった。
彼らの多くが世のために、衰退した文明が再び栄えるように異能の力を利用しようとしていた。それは貧富の差がなくなり、すべての人々が豊かに暮らせるようになれば、自然と迫害される人間も少なくなるだろうと信じていたからである。
だが、彼らの運命は、たった一人の男によって大きく変えられてしまうことになるのだ――。
アークは昔の夢を見ていた。生まれ育った小さな町の、大切な人たちと過ごしたかけがえのない日々――その日々はひどく懐かしく、いとおしいものだった。
だが、そんな日々の思い出も、最後には必ず燃え盛る炎にすべて焼き尽くされてしまう。それは現実に起こったこと、そして決して消し去ることのできない事実なのだ。
燃え盛る炎の記憶が未だにアークを苛め、苦しめる。
「……アーク」
誰かの声が傍らから聞こえてくる。その声に応えたかったが、ひどく頭が重く瞼を開けることすら億劫だった。
「アークってば! おきてよう」
声の主がアークの身体を強く揺すった。そうされて、ようやく目を覚ます気になる。
「……どうした? ベル」
返事をすると、すぐ傍でアークの顔を覗きこんでいたベルがぷうっと口を尖らせた。
「さっきからベルおきてってゆってるのに、ぜんぜんアークおきてくれないんだもん」
「そうか、それは悪かったな」
アークは頭を二、三度横に振り、ゆっくりと上半身を起こす。頭の中にもやがかかったようで、どこか気分がすっきりとしない。睡眠時間は十分とったにも関わらず、だ。
「だいじょぶ? なんか寝てるとき、すっごくくるしそうだったよ」
ベルが心配そうに、再びアークの顔を覗きこんでくる。
「どっかいたいの? びょーき?」
「病気などではない。ただ、昔の夢を見ていただけだ」
「むかしのゆめ?」
「ああ、ただの夢だ。だから、お前が案ずることは何もない」
アークはベルを心配させないように笑みを浮かべながら、彼女の頭を撫でた。そして、あることに気づく。
「……彼女はどうした?」
「かのじょ?」
ベルが小首を傾げ、おうむ返しに呟いた。
「昨日、オレが連れてきた少女だ。姿が見えないが……」
アークは首を傾げつつ、部屋の中を見回した。だが、その人物の姿は見当たらない。
昨日、生霊の書の少女を連れ針の山を降りたアークは、その足でロジン村へ向かった。
グレッグ夫妻に預かってもらったベルを引き取りに行ったのだが、当然のごとく傍らの少女は誰かとグレッグ夫妻に問われることになる。
彼女が生ける記録書だなどと説明し理解してもらうのには、かなりの時間と労力が要りそうだった。
返事に窮したアークは、彼女が獣に襲われているところを助けたと説明した。その方が遥かに現実的で、容易に信じてもらえると思ったからだ。嘘をつくのは稀言使いとして好ましくない行為ではあったが、この際仕方がない。
人のよいグレッグ夫妻は、アークの作り話を簡単に信じてくれた。そして、生霊の書の少女と一緒に家にもう一晩泊まるよう勧めてくれたのだ。その厚意に甘え、昨晩はベル、生霊の書の少女と共に同じ部屋で眠りについた。
「おねーちゃん? おねーちゃんなら、ベルがおきたときにはもういなかったよ」
ベルの返答を聞き、アークは怪訝な顔を浮かべた。
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