第15話 生霊の書の少女(2)

「生霊の書を手に入れるということは、すなわち世界中のすべての知識をその手におさめることが可能ということだ。だから、何が何でも手に入れたいという輩が必ず現れる。間違っても悪用しようとする者の手に渡らないように、私のような守り人が必要だというわけだ」

 

 ジルフという男も、生霊の書を悪用しようとする者の一人ということなのだろうか。確かに無理やり生霊の書を奪おうとしたあの男が、正しいことに使うとは考えにくかった。


「私の曾祖父の代から生霊の書を守り続けてきたが、やっと目覚めて所有者に出会うことができたんだ。必ず大事に……」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 一方的に話を進められ流されそうになるのを、アークは慌てて制す。


「オレはまだ所有者になると答えていないぞ。そのような大層なものを手にしても、必ず持て余すことになる。それにオレは自らのことで手一杯なのだ、世界中の知識を得るなど分不相応なことは、これっぽっちも望んでいない」

「……何か、大変な事情を抱えているのかね?」

 

 ルドウィックに問われ、アークは思わず返答に詰まる。

 

 アークの抱えている問題は重く、誰かれ構わずに話してしまうことはためらわれるものだった。できれば自分ひとりの力で解決したいし、ほかの誰の、ましてや無関係の人間の手を借りることはしたくなかった。大抵のことには明朗に答えることができるアークだが、この件に関してはつい言い淀んでしまう。

 

 アークが眉間にしわを寄せ押し黙り、その様子を目にしたルドウィックも深く質問しようとはせず、自然と部屋の中が沈黙に包まれた。だが、その沈黙を意外な人物が打ち破る。


「……必要」

 

 アークとルドウィックは驚き、声の主にほぼ同時に視線を向けた。

 

 生霊の書の少女が拙い口調で話す。


「アークにわたし、必要、です。所有者のたすけになるのに、生霊の書、存在する、です」

 

 生霊の書の少女にまっすぐ目を向けられ、アークは大きく狼狽する。

 

 彼女が自身の事情など知るはずがない。だが、なぜか彼女はすべてを見透かした上で言葉を紡いでいるような不思議な感覚に陥ってしまう。


「だから、連れていってください、いっしょに」

 

 固く視線で射止められ、言葉で逃げ場を奪われつつあるのを感じ、アークは頭を抱えることになった。必死の思いで少女の視線から逃れるように顔をそらし、ルドウィックに問いかける。


「……もし、ここでオレが彼女を拒絶したらどうなる?」

「一度、生霊の書が所有者を認識したら、その所有者の命が尽きるまで生霊の書は次の所有者を決めることができない。ただの白紙の状態で何の知識も得ることなく、何十年も無為に過ごさなくてはいけなくなるだろう」

 

 そこで一息つき、ルドウィックが真摯なまなざしでアークを見つめる。


「ただ、これだけはどうか理解してほしい。所有者のために知識を得、助けになることが生霊の書の存在意義だということを。そして、それが彼女のただ一つの望みだということを」

 

 アークはベルの言葉を思い出す。

 

 ――「針の山」ってところに、なにかがあるよ。アークにとって、とってもだいじな。

 

 あの言葉に賭けてここまで来た。そしてルドウィックに出会い、生霊の書の少女と出会った。

 

 ――確かにオレにはなすべきことがある。そして、その手がかりを何としても手に入れたかった。それがまさか、このような大事になるとはな……。

 

 アークは心の中で苦笑した。そして、おもむろに言葉を紡ぐ。


「……わかった」

 

 ルドウィックと少女の視線が、同時にアークに向けられる。


「大層な書物の持ち主の器をオレが持ち合わせているとは思わないが、このようなことになったのも運命なのかもしれん。所有者にならせてもらおう」

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