第14話 生霊の書の少女(1)
ジルフが去ったのを確認してから、アークは部屋の中央に据えられた寝台に歩み寄る。
生霊の書と呼ばれた少女は、つい先程まで自身を巡って争いが起こっていたことなど知るよしもなく、固く目を閉じていた。
「この少女が記録書――書物だとでもいうのか? そんな馬鹿な……」
アークは思わずそう呟き、少女の顔を覗きこむ。その寝顔は人間のそれとまったく変わらず、彼女が書物だと言われても、やにわに信じることはできなかった。
「う……」
少女の瞼がかすかに動く。そして、ゆっくりと開かれた瞳が目の前のアークをとらえる。少女は黙ったままアークを見つめ続ける。その翡翠の瞳はどこか神秘的で、見つめられていると深く吸い込まれてしまいそうな不可思議な気持ちにアークはなった。
「な、何だ……?」
少女の視線にとらえられ、アークはたじろぐ。
「……所有、しゃ……」
ゆっくりと上半身を起こすと、たどたどしい口調で少女が言葉を紡いだ。
「あなた、わたしの所有者、ですか……?」
「な、何だと?」
思いもよらないことを言われ、アークは仰天する。そして、両手を横に振って即座に否定した。
「オレは所有者などではない、たまたまこの家の人間に依頼されてだな……」
だが、少女は大きく首を横に振った。
「わたし、めざめたときにはじめに見るひと、所有者です。そう、めざめる前からきめられてる、です」
途切れ途切れに話す言葉はひどく聞き取りにくかったが、何とか彼女の話したことの意味をアークは理解する。
「つまりお前が最初に見た人間が、お前の所有者になるということか?」
少女が大きくうなずく。アークは思わず天を仰いだ。
「何ということだ……」
アークはとりあえず少女を連れ地下室から戻り、真っ先にルドウィックの傷の治療を試みた。出血は酷かったが、幸い彼の傷は命に関わるものではなかった。一通りの手当てを済ませた後、アークは地下室での一件をルドウィックに話す。
「……そうか、生霊の書はとうとう目覚めたか」
ルドウィックが小さく息をついた。
「どういうことだ? 彼女はオレを所有者だと思い込んでいるぞ。所有者はあんたではないのか?」
アークの問いに、ルドウィックは大きく首を横に振る。
「私は所有者ではない。正確には、生霊の書の守り人とでも名乗ればいいだろうか」
「守り人?」
「そうだ、私の家は代々生霊の書を守ってきた。生霊の書が目覚め、所有者と出会うそのときまでね。そして、彼女の所有者はアーク、君に決まったということだ」
ルドウィックは、アークと彼に寄り添う少女を交互に見た。
「……待ってくれ、たまたまその場に居合わせたというだけで決められても困る。そもそも生霊の書とは一体何だ? 地下室にいたつり目男は、彼女を生ける記録書と言っていたが」
「言葉どおりだ。生霊の書は、その目に見たものすべてを記録する。もし彼女を連れ世界中を回ったとしたら、世界中のあらゆる知識を吸収するだろう。いわば目覚めたばかりの今の彼女は、何も記されていない白紙の状態なのだよ」
アークは少女に視線を移す。彼女はキョトンとしながら、大きな瞳で見下ろしてくる。人間にすると十六、七歳に見えるこの少女が記録書だという事実を、未だアークは受け入れられずにいた。当惑するアークをよそに、ルドウィックが話を続ける。
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