第13話 地下室での戦い(3)

「あの世に行きな、稀言使いさんよおおおおっ!」

 

 紋章使いである、つり目男が最後の一撃を放つ。自身に向かってまっすぐに衝撃波が飛んでくるのを見て、アークの口端が上がった。


「……かかったな」

 

 アークが動きを止めたのは、決して疲弊したからではない。つり目男が罠にかかるのを待っていたのだ。


「なっ……!?」

 

 つり目男が驚愕した表情を浮かべる。決して外れることがないと思っていた自分の攻撃が、軽々と避けられるのを目の当たりにしたからだ。

 

 アークにかわされた衝撃波は、彼の背後の石壁を破壊する。石壁は大きな音を立てて崩れていく。そして、その跡にできた大穴から冷気をはらんだ風が吹き始めた。


「やはり風穴につながっていたか」

 

 アークの言葉どおり、空いた大穴の先には風穴が広がっていた。


「冷たい空気、この家が山の中腹に建っていることから、もしやと思ったのだが……」

 

 アークの推測は当たり、ようやく稀言に組み込む条件がそろう。

 

 何が起きたのか理解できず呆然としていたつり目男は、ようやくアークの真意に気づいたようだ。


「て、てめえっ、まさか俺を利用して……」

「ああ、助かったぞ」

 

 アークは微笑を浮かべながら、右手をつり目男に向かってかざす。


『悠久をわたる風よ、鋭き刃となりて彼の者を切り裂け!』

 

 その稀言に応え、風がアークの右手へと集まっていく。


「ひ、ひいっ!」

 

 つり目男は情けない声を上げ、その場から逃げ出そうとする。


「そんなに遠慮するな、先程までの返礼だ」

 

 アークは右手から疾風の刃を放つ。その刃は瞬時につり目男の身体をとらえた。


「うわああああああああっ!」

 

 疾風の刃がつり目男の身体を引き裂いた。上から下まで黒づくめの衣服はもとより、その下の皮膚まで裂かれ血が滲み出す。つり目男は身体を抱くようにして身を守ろうとするが、疾風の刃はまだ彼を襲い続けている。アークはゆっくりとつり目男に歩み寄る。


「命まで奪うつもりはない。おとなしくこの場から立ち去れ」

「……ふざけんなっ、俺はまだ戦える!」

 

 身体中に切り傷をつくりながらも、つり目男の殺気は未だ消えていない。緩慢な動きで右手のひらをアークに向けようとする。だが、その場で力なく膝をついた。その様子を見て、アークが哀れみを込めた口調で言う。


「……呆れた奴だ」

「うるせえ、うるせえっ……!」

 

 なおも食ってかかろうとするつり目男だったが、不意にその表情が固くなった。つり目男の変化に気づき、アークも怪訝な顔になる。


『……ジルフ』

 

 突然、地下室に低い男の声が響きわたった。その声を聞いたつり目男が驚愕する。


「ボ、ボス……!」

「ボス?」

 

 アークは周囲を見回してみるが、自身とつり目男、そして生霊の書と呼ばれた少女以外、この地下室には誰もいない。だが、どこからか何やら不穏な気配を感じる。

 

 ――魔術を利用して、離れた場所から語りかけているのか?

 

 そのようなことができるのは、並大抵の異能者ではない。魔術を遠隔的に作用させるのは、難度の高いわざの一つなのだ。


『もうよい、ジルフ。退却して、こちらに戻ってこい』

 

 ジルフと呼ばれたつり目男が、焦った顔で言う。


「で、ですが、生霊の書は……」

『機会を窺って、また奪えばよい。今はこちらに戻ってくるのだ』

「し、しかし……」

 

 ジルフがアークに目を向ける。まだ決着をつけていないことが引っかかっているのだろう。


『……今回は特別にチャンスをやる。戻れ、ジルフ』

 

 震えが来るような、ひどく冷厳な口調で命じられ、ジルフの顔から色が失せた。


「……わかりました」

 

 ジルフはゆっくりと立ち上がり、地下室の扉へ向かって歩き出す。そして、すれ違いざまアークに向かって捨て台詞を吐いた。


「……今度会ったときは、必ずぶっ殺す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る