第12話 地下室での戦い(2)
「じゃあ、こっちから行くぜえ?」
つり目男は黒い皮手袋を右手から外す。よく見ると、その手のひらには魔方陣らしき形の刺青が彫ってあった。
――あれは……?
アークが何の魔方陣か視認する間も与えず、つり目男は攻撃を仕掛けてくる。
『我が手に宿りし破壊の紋よ、阻む者を打ち砕け!』
言い終わるや否や、つり目男の手のひらから強力な衝撃波が放出される。その力がルドウィックに深手を負わせ、地下室の扉に大穴を開けたのだと瞬時にアークに理解させる。
アークは周囲を見回す。ここは地下室だ、当然のことながら日の光は届かない。
――光の盾は出せないか。ならば……。
アークは素早く右手を足元にかざし、稀言を唱える。
『すべての母たる大地よ、我が障壁となりて強襲を阻め!』
幸い、この地下室の床は土がむき出しになっていた。稀言に応え、アークの足元の床が瞬時に盛り上がり分厚い壁となる。
「何っ……?」
自ら放った一撃が土の壁によって防がれ、つり目男が驚愕し目を見開く。
「ちっ……、てめえ稀言使いかよ」
「そういう貴様は紋章使いか」
「そうよ、俺のは身体に直接刻んだ特別製だ。そこらの雑魚とは、威力は比べもんにもなんねえぜ」
つり目男は、自慢げに紋章の刻まれた右手をひらひらとさせる。
「俺は、このすげえ力で邪魔する奴を全員ぶっつぶしてきた。てめえもその一人になるんだ、光栄に思えよ!」
つり目男が再び攻撃を仕掛けてくる。その二発目の攻撃によって、アークを守る土壁はもろくも崩れ去ってしまった。その様子を見て、つり目男がうすら笑いを浮かべる。
「ははっ、そんなもろい壁を何度出したって、破壊の紋の攻撃は防ぎ切れないぜえ? 一体どうすんだ、稀言使いさんよお」
確かに破壊の紋の威力は脅威であった。いくら強固な守りの壁を出現させても、攻撃を受け続ければいずれ破壊されてしまうだろう。アークは対策案を講じようとするが、自らを優位と感じ取ったつり目男は間断なく攻撃を仕掛けてくる。
「おらあっ、くらいやがれ!」
「くっ……」
アークは放たれた一撃を横っ飛びでかわす。標的を失った衝撃波は、そのまま地下室の壁へとぶつかっていった。
「ちっ、避けやがったか」
一連の様子を見ていたつり目男が、つまらなそうに舌打ちする。
――このままでは、らちが明かん。何とか打開策を練らねば……。
防戦一方の状況に、アークは焦慮しつつ歯噛みする。
今いるのは暗く閉じられた地下室。日の光は差し込まないし、分厚い石壁に阻まれ風が吹き込んでくる隙間もなく、稀言に組み込めそうな要素が見当たらない。
アークはハッとする。一瞬、本当に一瞬だが、どこかからひんやりとした空気が流れてくるのを感じたのだ。その源はどこか探しだそうとするが、つり目男の強襲によって阻まれる。思考していたせいか、攻撃を避けるのにワンテンポ遅れてしまった。何とか衝撃波が身体のすぐ脇を通り過ぎるにとどめたが、衝撃の余波に外套の袖を引き裂かれる。
「ただ逃げ回るだけかよ、お得意の稀言は使わねえのかあ?」
つり目男は、まるでネズミをいたぶるネコのような嗜虐的な視線をぶつけてくる。それが不快なことこの上なかったが、アークは起死回生に打って出るべく行動を開始する。石壁の傍まで近づき、そのまま地下室を一周するように走り出した。
「ああ? 何やってんだあ?」
アークの行動の意図など知るよしもないつり目男は、滑稽なものでも見るように歪な笑みを浮かべる。それに構わず、アークは地下室の中を駆けていく。
不意にアークの足が止まる。その瞬間をつり目男は見逃さなかった。
「もう燃料切れかあ? じゃあ、そろそろとどめを刺してやるよ」
つり目男が標的に向かってまっすぐ右手をかざす。手のひらに魔力が凝縮され、衝撃波を放つ準備が整う。
そんな差し迫った状況が眼前にあるにも関わらず、その場から一歩も動こうとしない稀言使いを紋章使いはまったく警戒しようともしなかった。自らが圧倒的優位に立っていると信じて疑わず、勝利は既に手の内にあると思い込んでいたのだ。
だが、紋章使いが勝利を確信するのはまだ早かった――。
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