第10話 思わぬ依頼(2)

「……あんたを襲った男と同じように、オレがその記録書とやらを奪うかもしれないとは考えないのか?」


 男性が弱々しくも微笑んでみせた。


「これでも、人を見る目には自信がある。君は誇りを捨ててまで、他人のものをどうこうしようとする人間には見えないよ」

 

 それは買い被り過ぎだと思いつつ、アークは苦笑する。そして、男性をそっと床に寝かせると、片膝をつき彼の目を真っすぐに見つめた。


「わかった、侵入者はオレが引き受ける」

「……済まない、会ったばかりの君を危険なことに巻き込んでしまって」

「危険な目に遭うのは日常茶飯事だ、気にするな」


 そう、アークが自嘲気味に言った言葉を、男性が不思議そうな顔で聞いている。


「いや……こちらの話だ。そういえば、まだ名乗ってもいなかったな。オレはアークという」

「私はルドウィックだ」

 

 アークは立ち上がる。それと同時に、彼の肩に留まっていた使い魔ハリーは、主であるルドウィックの傍らへと降り立った。


「戻ってきたら、すぐにその傷を治療するからな、ルドウィック」

「……ありがとう」

 

 ルドウィックの礼の言葉に小さくうなずくと、アークは地下室へ向かうため走り出した。

 

 地下室へと続く階段を降り、開けた空間に出たアークは思わず目を丸くする。


「これは……!?」

 

 地下室の扉を見つけたのだが、それに大きな穴が開いている。鉄でできているにも関わらず、だ。床に散らばる扉の残骸を避けるように歩きながら、アークは扉の傍へ近づいた。


「随分、荒っぽい侵入の仕方をする奴だな」

 

 扉には鍵がついているのだが、それを無視し、扉を破壊して部屋の中へ入っていったらしい。確かに中に入る一番てっとりばやい方法だろうが、実行する人間はあまりいない。いや、まったくいないと言った方が正しいだろう。

 

 ――やはりこの中にいるのも、異能者か……。

 

 アークの身体中を緊張感が走る。気を落ち着かせるため、そして気合を入れるため、その場で一呼吸する。呼吸を整えるのも、稀言を扱うための大事な要素なのだ。


「……よし」

 

 アークは準備を整え、地下室の扉に空いた大穴をくぐり抜ける。

 

 地下室の中は思いのほか広い。そして、周りを石壁で覆われているせいか、ひんやりとした空気が流れていた。ここは上の階のように本棚で埋めつくされてはおらず、なぜか中央に寝台らしきものが一つ据えられているだけだった。

 

 その寝台の前で、一人の男がこちらに背を向けて立っているのが目に入った。

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