第9話 思わぬ依頼(1)

「大丈夫か!?」

 

 ゆっくりと助け起こした男性の顔は蒼白で、固く目を閉じていた。よく見ると、腹部に深い傷を負っているようだ。アークの肩に留まった白い鳥が、心配そうに男性を見つめていることに気づく。


「……お前の主か?」

 

 その問いかけに答えるように白い鳥が短く鳴いた。

 

 ――ひどい傷だ、一体何によって負わされたのだろうか?

 

 何が原因かはわからないが、このまま放っておくと危険だということは見て明らかだ。


「とにかく応急処置を……」

 

 すべて言い終わる前に、不意にアークの右腕が掴まれる。驚いて反射的に男性の顔に目を向けると、彼の目はうっすらと開いていた。


「……君は?」

 

 その問いに、アークは肩に乗った白い鳥を視線で指し示す。


「山を登る途中で、慌てた様子のこいつに出くわしてな、案内されてここまで来た。あんたの使い魔なのだろう?」

「……ああ、そうだ。私のために人を呼んできてくれたのか、ハリー」

 

 男性の言葉に、ハリーと呼ばれた白い鳥がコクンとうなずいた。


「一体何があった? 何者かに襲われたと見受けるが」

「ああ……突然若い男が押し入ってきて、ここにある書物を渡せと。拒否したら、このありさまだよ」

「その男は、まだこの家の中にいるのか?」


 アークの問いに男性が小さく首肯した。そして、ゆっくりと腕を動かし、ある方向を指差す。


「あの棚と棚の間が空いているだろう? あそこから地下室へ行ける」

 

 その言葉どおり、部屋中に並べられた本棚の一角に隙間が空いている箇所があった。


「そこに襲った人間がいるのだな、わかった。とにかく今は、あんたの傷を何とかしなければ……」

 

 だが、次に男性が口にした言葉に、アークは唖然とすることになる。


「……大丈夫だ、私のことはいい。それより、地下室に行って男を止めてきてはくれないだろうか?」

「何を馬鹿な! 大怪我を負った人間を放っておいて行くことなどできるか!」

「君は……君も異能を持つのだろう? 私と同じ匂いがする」

「あ、ああ、稀言を扱えるが……」

「稀言か。ならば、あの男と戦うことができるだろう。一刻を争うんだ、あの男は記録書を奪おうとしている」

 

 アークは、この家の中に大量の書物があったことを思い出す。恐らく記録書というのも、その中の一冊なのだろう。


「大事な書物なのかもしれんが、それより命の方が軽いという道理はなかろう」

「……命より、大事なものなんだ」

「な、何を言って……!」

 

 アークの口が自然と閉じる。自身を見つめる男性の表情が、あまりにも真摯なことに気づいたからだ。アークは困ったように頭を掻き、男性の顔を見つめ返しながら尋ねてみる。

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