第8話 危険な山登り(2)
「足跡……?」
それもかなり新しいもののようだ。アークは立ち止まり、足跡をまじまじと見つめた。足跡は自身のものより一回りほど大きい。
こんな山に何の用があって来たのだろうか。獣がいるとグレッグの妻が言っていたが、それを狩りに来た者の足跡だろうか。それとも薪でも拾いに来たのか――。アークは小首を傾げつつ、それでも山道を進む。
それから後、幸い獣に遭遇することもなく、二時間ほどで山の中腹まで辿り着く。
アークは休息をとるため、座りよさそうな岩を見つけて腰を下ろした。
何気なく、周囲の景色に目をやっていたときだった。小さな白い鳥がこちらに向かって飛んでくる。アークは岩から立ち上がり、目を凝らす。鳥の腹部には、紋様らしきものが浮かんでいた。
「あれは……魔術文字か」
察するに、白い鳥は魔術の心得がある者が創り出した使い魔のようだ。この近くに魔術を扱う者がいることを知り、アークは少なからず心がはやる。
もしかしたら、探し求めているものの手がかりが掴めるかもしれない。アークは白い鳥の姿を目で追い続ける。白い鳥はアークの元まで辿り着くと、何かを訴えるようにけたたましく鳴いた。その様子を目にし、尋常ではない事態が起きていることが嫌でもわかった。
「一体どうした、お前の主はどこにいる?」
その問いに答えるように、白い鳥は「ついてこい」と言わんばかりにアークを振り向きながら再び飛び始める。
アークは白い鳥の道案内を受けながら、山道を進んでいく。少し登ったところで、白い鳥の動きがピタッと止まった。そして、アークの肩へと降り立ち、何か言いたげにしきりと前方に視線を送った。
「民家……? このような場所に?」
白い鳥の視線の先には開けた場所があり、そこには一軒の小さな民家が建っていた。
「もしかして、お前の主はあそこにいるのか?」
アークの問いに、白い鳥は小さく首を縦に振った。
アークは白い鳥を肩に乗せたまま、民家へと近づいていく。だが、その歩みが途中で止まる。
――殺気……一人のものか?
旅を続ける途中、幾度となくならず者から向けられたのと同じものを感じ取り、アークは思わず身を固くする。だが、その殺気はどうやら自身に向けられたものではないようだ。現に誰かが襲いかかってくる気配は感じない。
アークは思案する。今ほど感じた殺気。そして、ひどく焦った様子の使い魔の鳥。それらから察するに、白い鳥の主が何者かに襲われていることは間違いないようだ。
事と次第によっては、一戦交えることになるかもしれない。アークは気を引き締めると、再び民家に向かって歩き出す。
民家のすぐ傍まで来ると、玄関の扉が大きく開いているのが目に入った。その扉の間から中の様子を探ろうと試みるが、カーテンが閉められているせいか薄暗く、はっきりと確認することができない。
小さくため息をつくと、アークは扉から離れ空を見上げた。雲に隠れることなく、太陽がその眩しい光を地上に降らしている。そのことを確認すると、アークは人差し指を天に向かって突き上げ、稀言を紡ぐ。
『地上を照らす日の光よ、暗闇を点す灯りとなりて我が指に宿れ』
稀言に応えるように、人差し指が淡い光を放ち始める。
稀言というものは、ただ口にすれば、あらゆる現象を起こせるというものではない。大気や光、水といった実際にその場にあるものを素地とし、言葉の中に織り込んで唱えなければ完成しないのだ。指先に十分な光が集まったことを確認すると、アークは民家の中へと入っていった。
人差し指に点る光を頼りに、注意深く進んでいく途中であることに気づく。
「書物が多いな……」
台所や居間、廊下に至るまで本棚が置かれており、その中には書物がみっちりと並べられている。どんな書物があるのか気にならないでもなかったが、今はそれどころではない。アークは己を律し、先を急ぐ。
そして、廊下の一番奥にある部屋の前で立ち止まる。先程感じた殺気の源はこの中にあるようだ。不意に肩に留まった白い鳥が小さな声で鳴いた。怯えているのか、白い鳥の身体が小刻みに震えている。宥めるようにアークは鳥の頭をそっと撫でた。
それからアークは意を決し、部屋の扉を開ける。次の瞬間、アークは目を見開く。初老の男性が床に倒れていたからだ。アークは慌てて彼の元へ駆け寄る。
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