第7話 危険な山登り(1)

「ええっ、あの山に登るってえ?」

 

 グレッグが素っ頓狂な声を上げる。驚愕した様子の彼に向かって、アークは自身の唇に人差し指を当ててみせた。


「あまり大きな声を上げないでもらえるか? ベルが起きてしまう」

 

 時刻は午前六時。次の日、農家の朝は早いだろうと思い居間に来てみれば、やはりグレッグ夫妻は既に起きていた。


「あそこの山は大の大人でもきつい場所だぞ、アーク」

 

 夫の言葉に、グレッグの妻エマが大きくうなずいた。彼女は恰幅がよく、人のよさそうな外見をしている。


「そうよ。それに獣も出るのよ、襲われたら大変じゃない」

「……危険だろうことはわかっている」 


 いかにも親切そうな夫婦に諭されても、アークの決意はまったく揺るがない。


「それでも、オレは行かなければならないのだ」

 

 その真剣な表情を目にし、グレッグは思いついたように彼に問いかけた。


「もしかして、お前の探しものがあるかもしれないのか?」

 

 アークが黙ってうなずく。グレッグは眉根を寄せ、大きくため息をついた。


「……ベルはどうするんだ、まさか一緒に連れてく気か?」

「そのことで、一つあんたに頼みたい」

「頼み?」

「できれば、今日一日ベルを預かってはもらえないだろうか? 出会ったばかりのあんたに頼むのは筋違いとは重々わかっているが、今のオレにはほかに信頼できる人間がいない」

 

 グレッグとエマが顔を見合わせる。そして、居間はしばらく沈黙の空間になった。


「……わかった」

 

 沈黙を破ったのはグレッグだった。


「ベルはわしらが責任を持って預かる」

「……ありがとう」

 

 アークがグレッグ夫妻に向かって深く頭を下げる。すると、グレッグが神妙な顔を浮かべた。


「ただ、一つだけ約束してほしいことがある」

「約束?」

「必ず無事に戻ってこい。ベルのためにもな」

 

 グレッグが笑んだ。彼の横にいたエマも微笑みながらうなずいてみせる。

 

 アークは力強い口調で彼らに応えた。


「ああ、無論だ」

 

 ベルをグレッグ夫妻に託し、アークはロジン村を後にした。

 

 この辺りは高地であるからか、気温が低い。アークは外套の前をしっかり留め、道を急ぐ。


「針の山、か……」

 

 これから向かう場所の名を呟く。なるほど、とアークは納得する。前方に見える山は、確かに尖った針のような形状をしていた。

 

 ここへ向かう理由は、ベルによるものだった。実は彼女は先見の能力を持ち、未来を夢で垣間見ることがあるのだ。そんな彼女が数日前、夢を見てこう言った。「『針の山』ってところに、なにかがあるよ。アークにとって、とってもだいじな」、と。

 

 幼い身でありながらベルの先見の能力は確かなもので、ほぼ確実に彼女が夢見たとおりのことが未来に起こる。だから、アークは彼女の言葉に従い、この針の山に向かうことにした。

 

 ロジン村を出て、十分ほどで山の麓に到着する。グレッグの話では大人でも登るのがきついとのことだったが、それはろくに整備されていない石ころだらけの山道を見れば一目瞭然だ。

 

 やはり、ベルをグレッグ夫妻に預かってもらったのは正解だった。こんな悪路を行くのは小さな子供には到底無理だろう。アークは自身の判断が間違っていないことを確信すると、山道を登り始めた。

 

 道を進んでいくうち、あることに気づく。

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