第2話 旅する少年(1)

「おーい坊主、どこ行くんだ?」

 

 不意に声をかけられ、少年はわずかに俯けていた顔を上げる。そして、声の主は一体どこかキョロキョロと辺りを見回した。


「あー、後ろ後ろ」

 

 言われたとおり振り向くと、道の後ろから牛車に乗った中年男性が大きく手を振っているのが目に入った。


「この先には、わしが住んでる村と険しい山しかないぞ」

 

 少年に追いついた男性は、珍しいものでも見るような目つきになる。


「そっちのちびっこいのは、坊主の妹さんかい?」

 

 少年の傍らには、まだ幼い女の子がいた。女の子は男性に視線を向けられると、恥ずかしそうに少年の背後に隠れた。少年は女の子の頭を撫でながら、男性の問いに答える。


「妹ではないが……年長の者が面倒を見なければいけないという観点から言えば、似たようなものだな」

「ふうん?」

 

 理解したような、していないような微妙な顔の男性は、少年と女の子を交互に見た。


 少年は濃い栗色の短髪に、同じ瞳の色。一方、女の子は金色の長髪に蒼い瞳。外見上、確かに彼らの間に血のつながりはないように見える。


「まあ、詳しい事情はともかく、よかったら乗ってかないかい?」

「乗っていく? どういうことだ?」

 

 怪訝そうに小首を傾げる少年に、男性は自身の乗っている牛車を指差してみせた。


「どこまで行くか知らんが、そんなちびっこいの連れたんじゃ大変だろ。乗せられるのは、わしの村までで悪いけど」

「……うしさんの車にのれるの?」

 

 男性の申し出に、少年の背後に隠れていた女の子が目を輝かせる。そして、少年の顔を何か言いたげに上目遣いで見た。少年は少しの間、思案する素振りを見せた後、男性に向かって頭を下げた。


「では、お言葉に甘えて、乗せてもらうことにしよう」

 

 男性は白い歯を見せてニカッと笑う。


「はいよ。じゃあ、後ろに乗ってくれな。荷物だらけだが、うまく空いてる場所に座ってくれ」

 

 男性に言われたとおり少年は牛車の後部に向かい、まず女の子を先に荷台に乗せ、続いて自らも軽い身のこなしで飛び乗った。


「乗れたかい?」

 

 男性が声をかけると、少年は「ああ」と短く返事をした。


「よし。途中で舗装されてない道を通るから、振り落とされんように気をつけてな」

 

 そう言うと、男性は手綱をしっかり引き締め、牛車を走らせ始めた。ゆっくりとしたスピードで牛車は道を進んでいく。


「うしさんて、力もちなんだね! ベルたちと、荷物もいっぱいはこんでるのにね!」

 

 少し興奮した面持ちで、自身を「ベル」と言った女の子が少年を見る。それに少年は小さくうなずいてみせた。そして、周りの景色に目をやる。ゆったりと吹く風にゆっくり揺れる草原と、白い雲を散りばめた真っ青な空。それは何とも言えない牧歌的な風景だ。


「……のどかな場所だな」

「まあ、何にもないところだけどなあ」

 

 少年がポツリと呟いた言葉を聞きつけたのか、男性が苦笑いの入り混じった口調で言った。


「つまんないだろう? 若いもんにこういうところは」

「いや、たまにはこういう場所の方が落ち着いていい」

「たまには?」

 

 首を傾げ、男性が振り向きざまに少年を見た。


「坊主は……そういやあ、まだ名前も聞いてなかったな。わしはグレッグだ」

「ああ、オレはアーク。この子は……」

 

 そして、小さな連れの方を見る。だが、彼女は疲れてしまったのか、アークと名乗った少年に寄りかかり小さな寝息を立てていた。その様子を見て、アークは小さく笑む。


「この子は連れのベルグリットだ」

「アークにベルグリットか。あんたらは旅でもしているのかい?」

「……まあ、平たく言えばそうだな」

 

 グレッグの問いに答えながら、アークは眠るベルグリットの身体を荷台の上にそっと横たわらせる。


「そんな小さい子を連れてか? 大変じゃないか。ここいらはともかく、都の方は物騒な場所も多いんだろう?」

 

 グレッグは、気遣わしげな表情を浮かべた。


「……都か。確かに、あの辺は血の気の多い連中がうじゃうじゃいたな」

「ほら、やっぱり……」

「だが、心配は無用だ。ならず者連中など、何人来ようとオレの敵ではない」

「はあ……」

 

 半ば呆れたような顔で、グレッグは背後の少年を見やる。年齢は十四、五歳ぐらいだろうか。その年頃の少年としては、決して高いとは言えない身長。そして華奢な身体つきを見る限り、危険をかいくぐってきたであろう痕跡はまったく窺えない。

 

 ――今時の若いもんは、みんなこう大口を叩くものなんかね?

 

 自分の若いときはこうではなかったと、グレッグはしばし昔に思いを馳せていた。

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