第3話 旅する少年(2)

「……グレッグ、一つ聞いてもいいか?」


 不意にアークに問いかけられ、グレッグは我に返る。


「この辺りは都ほど物騒ではないと、先程聞いたのだが」

「ああ。都みたいに便利じゃないし何もない場所だけど、平和なことだけは自慢できるよ」

 

 返答を聞いたアークが眉間にしわを寄せ、沈黙する。その表情から何かただならぬものを感じ取り、グレッグは思わず牛車をその場に停めた。


「何だい? どうかしたのか」

「……殺気を感じる」

「さ、殺気い?」

 

 思いもよらない単語を耳にし、グレッグは素っ頓狂な声を上げる。


「人数は四、五人。馬に乗ってこちらに向かってくる。あんた、何か人に恨みを買われる覚えはないか?」

 

 アークの問いに、グレッグは大きく首を横に振った。


「あ、あるわけないだろう、そんなもん! わしはただの農夫だぞ、今日だって収穫してきた小麦を村に持って帰る途中なんだ。いや、それより何で誰かがこっちに向かってくるってわかって……」

 

 そこまで言って、グレッグの表情が固まる。地響きのような音が耳に入ってきたからだ。そして、その音にはよく聞き覚えがあった。


「う、馬の足音だ……」

「ほどなくここに着くな。どうする?」

 

 狼狽するグレッグとは対照的に、アークは落ち着き払っている。


「どうするって、な、何を……?」

「このままこの場に留まっていたら、間違いなく命が危ないぞ。どうやら連中はオレたちに危害を加えるつもりらしいからな」

 

 途端にグレッグの頭の中は真っ白になり、顔面も蒼白になった。それも当然だろう。今日の今日まで毎日のように平和な生活を送ってきたのに、突然命の危険に晒されることになってしまったのだから。


「は、早くここから離れれば……」

「相手は馬に乗っているのだぞ? 牛車の速さで逃げ切れる道理がない」

 

 アークにきっぱりと正論で返され、グレッグはうなだれる。


「じゃあ、一体どうすりゃいいんだ?」

「そのようなことは簡単だ」

 

 アークはひらりと荷台から地面に降り立った。


「連中を退ければいい、ただそれだけのこと」

 

 グレッグは呆気にとられ、思わずポカンと口を開けた。だが、すぐに気を取り直す。


「退ける? まさかお前一人でか?」

「あんたは戦えるのか? グレッグ」

「……さっきも言ったが、わしはただの農夫だ」

「ならば、オレ一人でやるしかないだろう?」

 

 わかり切ったことを聞くなと言わんばかりに、アークが小さくため息をついた。そして、グレッグから視線を外し、道の後方へと向き直る。


「ア、アーク!」

 

 グレッグは思わずアークに声をかける。こちらに向けられた彼の背中はあまりにも小さく、頼りなく見えたからだ。アークがゆっくりと振り返る。そして、グレッグの顔を無言で見つめた。


「……心配するな」

 

 グレッグの表情から何か察したのか、アークは彼を安心させるかのように微笑む。


「あんたはそこから一歩も動かなくていい。終わるまでベルグリットを……ベルを見ていてくれ」

 

 言い終えると、アークは再び道の後方へと向き直った。それからほどなくして、この場に馬に乗った男たちが到着する。

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