稀言使いと白雪の書

あさひなつむぐ

第1話 プロローグ

 ひどく暗く冷たい部屋の中、少女は眠り続けていた。何日、何か月、何十年と、ただひたすら眠り続けていた。

 

 そんな日々の中、ふと少女は疑問を持ち始める。どうして、わたしはただ眠っているのだろう? 初めはほんのわずかな疑念を抱くだけに過ぎなかったが、疑問は小さな胸の中で徐々に大きく膨れ上がっていった。

 

 いつまで眠っていなければならないのだろう。あと一日? あと一か月? あと十年? それとも……。もしかしたら、自分はもう目覚めることはないのだろうか。その考えに思い至った途端、言いようもない不安に襲われることになる。

 

 わたしは一体何のために存在しているのだろう。このまま何も目にすることもなく、何も聞くこともなく、何も知ることもなく、ただ眠り続けるだけの存在なのだろうか。


『違う!』

 

 どこからか声が聞こえてきた。その声はどこか懐かしく、ひどく親しみのあるものとして少女の耳に響いてくる。


『あなたはただ眠り続けるだけの存在ではありません。あなたは目覚めて、広い世界へと出ていかなければいけない』

 

 強い口調で語りかけてくる声に、少女は思わず問いかけた。


「目覚めて、広い世界へ出てどうするの?」

『その身体で知るのです、この世界を』

「どうして? 何のために?」

『あなたが目覚めて一番初めに出会う人のため』

「一番初めに出会う人のため?」

『そう。あなたはその人のために知識を身体に刻み、その人のために役立てなければなりません。それがあなたに課せられた、たった一つの使命。そして存在理由なのです』

 

 存在理由――それを知り、少女は安堵する。


『だから今は眠りなさい、あなたが目覚めるそのときまで』

 

 優しい声に促され、少女は再び意識を眠りの中に閉じ込める。これからの眠りは今までのものとはまるで違う。何も目的がないわけではない。たった一つの使命のため、それをなすために今は眠り続けるのだ。少女が完全に眠りに落ちる寸前、再び優しい声が響いてきた。


『……おやすみなさい、わたし』

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