26.土浦くんとムクドリの幻

 そして、私たちはささやかながらもゴーホームズとして、地域防犯活動を始めた。

 ──初めは私と静子は参加しないはずだったのに、なんでか、気づけば駆り出されていたのだけど。


 静子は単純に望海先輩について回りたいという願望があったから、必然といえなくもない。けれど、私は完全にとばっちりだろう。モラトリアムを堪能したくて水泳部を辞めたというのに、なにが悲しくて、放課後町内を巡回しているのか──これで、葵にでも遭遇できれば、ちょっとは気持ちも救われるのかもしれないけれど。


 活動自体は極めて単純な話だ。

 町内をただひたすら練り歩いて、事件があればマニュアルに則って声をかけるとか、そういう話でしかなかった。


 マニュアルは望海先輩と土浦くんが手配した。活動に際してNサポーターズにも筋を通して、活動範囲を割り振ってもらっていた。


 ただ──しんどい事に、その割り振られた地域が農村で、わたしたちは、毎度農村を巡って、小学生やらお年寄りやらを介助してまわるという活動の日々を送る羽目になっていた。これが市街地ならば暇の潰しようもあったのに──もっとも、土浦くんや望海先輩はさすがは元本職(?)というところで、何の弱音を吐くこともなかったけれど。


 それにしても土浦くんは、何故そこまでこんな面倒くさい、じゃなかった奇特な活動に身を捧げられるのか──ある日の放課後、私は待ち合わせのために土浦くんと、二人きりになる機会があったから、疑問に思っていたことを聞いてみた。


「土浦くんてさ、なんで、そんなに人様のために活動をするの?」


 それは芽衣にも言える話でもあった。芽衣も彼女なりにちょっと意識が高い。

 私がそんな質問をすると、土浦くんはびっくりしたような顔をした。それから苦笑してとつとつと答えた。


「……僕はさ、小さい頃に因子保持者だって判明したからね、将来は特殊保安官ネイティブガーダーだ、なんてちやほやされたんだ。でも、力が弱くてね」


 特殊保安官ネイティブガーダーは、真実を知らない子供たちにとってはヒーローだ。そして私は、かつて幻視した景色──土浦くんがヒーローにあこがれて食い入るようにテレビを見ていたのを覚えている。それは幼い男の子の誰しもが抱く、当たり前のあこがれだ。

 けれど、変異者ヴァリアントとして、力を発揮するにはステージ二以上の変異が必要だといわれている。聞く所によると、土浦くんはステージ一の因子保持者で、早い段階で変異因子の発症にもかかわらず、変異者ヴァリアントとしては何者にもなれなかったらしい。


「土浦くんはさ、何の因子保持者なの?」


 私は尋ねた。すると、土浦くんは歩きながらあたりを見渡し、街路樹を指差した。そこには大量のムクドリがとまっていた。周囲には、その鳴き声がひどく鳴り響き、木の下はムクドリの糞にまみれている。


「僕の住んでいたアパートにも、似たような木があってね、小さい頃、その木にある巣から飛び立つのに失敗して落ちたムクドリを保護したことがあるんだ」


 土浦くんはやや悲しげに話をつづける。


「それでね、家に連れ帰って介抱とかして、少し元気になったから、木に登ってその子を巣にもどしたんだ」

「へえ、小さいのに木登りなんてすごいね」


 私がそういうと土浦くんは悲しげに笑った。


「……うん、でもね次の朝、見に行ったら、その子はまた木から落とされて結局死んでたんだ。……それで、あとになって知ったんだけど、親鳥が人の匂いがついた我が子を嫌って落としたんじゃないかって」


 ちょっと重い気分になった。余計なことを聞くんじゃなかった。


「それがショックでね、その子に力があれば人の匂いとか関係なく生き延びれたのにって、考えて……それから助けられなかった僕自身の無力さも感じたんだ。……そうしてずっと後悔して、悶々としていたら、僕はムクドリの因子を発症していた」


 怪人因子の発症は、先天的なものと後天的なものがある。土浦くんのは、後天的なものだということだろう。


「土浦くんてさ、もしかして飛べるの?」

「いいや、変異できないし飛べないよ」


 私は幻視した時の屋根の上からの俯瞰図を思い出す。では、一番最初に見た空からの視点は、その死んだムクドリのものかもしれない。


「なんか変なこと聞いてごめんね」

「いいや、別にいいよ。誰かに話すのも初めてじゃない。実はついこないだ、似たようなことを望海先輩にも聞かれて話したことあるんだ」


 そう応えた土浦くんの表情はとてもすっきりとしていた。


「そうなんだ──あの人も、そうとういろいろとこじらした人だよね」

「そうだね」


 土浦くんは私の素朴な感想に同意した。


「そういえばさ、望海先輩ってなんの変異者ヴァリアントなんだっけ?」

「ん、えーとそういえば知らないや」


 土浦くんも知らないようだった。今度聞いてみようか──などと思っていたら、私たちの向かう先に、なにか人だかりが出来ていることに気づいた。


「?」

「……なんだろう?」


 最近、田畑の外れに出来た、場違いな多棟型マンション。その上層階のベランダ外のキャットウォークを階下の人々が見上げている。


「子供?」


 そのキャットウォークに、幼稚園児くらいの子供が身を乗り出していて泣いていた。その子供は、今にも落ちそうだった。

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