27.ビューティー戦士レイミー

 その子供は、どこかの家のベランダから這い出てしまったようだった。

 正直、今にも足を滑らせて落ちそうで、見ていられない。土浦くんが顔色を変えて、早足になる。マンションの直ぐ側まで向かうと、同じように集合場所に向かっていた、静子と芽衣に遭遇した。


「静子?」

「深! ねえ、見てあれヤバイんじゃない! ねえ、ねえ土浦くんなんとかしないと!」


 会うなり静子は動転していた。


「……あれは、もう消防とかの仕事で僕たちに出来ることはないよ」


 携帯を片手に、おそらくNサポーターズに連絡しているらしい土浦くんが、心の底から残念そうにつぶやく。たぶん、彼は今自分が飛べないことを本当に悔しがっているんじゃないだろうか。


「いまNサポーターズの元同僚に聞いたら、事件は把握しているってさ。それで、消防が出動しているらしくて、でも渋滞してたから来るのに時間がかかるかもしれない」 

「じゃあ特殊保安官ネイティブガーダーは? 警察は何してるの?」

特殊保安官ネイティブガーダーは、対怪人のための組織だから、こういう場合には出てこない」


 土浦くんは淡々と応える。遠くに、サイレンの音こそ聞こえるが、まだたどり着いていなかった。


「あっ、落ちそう!」


 芽衣が悲壮な声をあげる。子供は、半なきでキャットウォークを移動しはじめる。あぶなっかしい歩き方で、今にも滑り落ちそうだった。何名かの大人たちが、マンションに入って、子供の救出に向かっているらしい。両隣のベランダから、顔をだして、子供に声をかけている。


 しかしうまく意思疎通ができないのか、子供は泣きじゃくるばかり。両隣のベランダの側の大人のもとへ行こうとしなかった。


「ちょ……ちょ、どうすんの……」


 誰もが最悪の事態を想像した。そう思った時、近隣の民家の屋根を蹴ってマンションに向かう人影が見えた。


 あっ、あれはなんだ?

 怪人か?

 特殊保安官ネイティブガーダー

 いや、女の子だ!


 仮面をつけた女が、マンションに向かっている。その女性は長い髪をなびかせて、屋根から屋根へと跳躍を繰り返していた。

 私の中にとたんにあるイメージが広がる。

 ヒーローのおもちゃに囲まれている中、こっそり女の子用の着せ替え人形で遊ぶ、美少年。その美少年は、女の子の着せ替え人形に、ヒーローの武器をもたせ、マントを付け、満足そうに眺めている。その見たことのある美少年は、いま青年になって、女装してタイトなボディースーツを身にまとって空を跳躍していた。


 あっ、子供がおちる!

 あぶない!

 大人たちが叫ぶ。


 仮面の美女は、マンションから落ちた幼児にむかって跳躍すると、間一髪のところで落ちた幼児の身体を受け止めた。


 やった!

 すごい!


 そこかしこで、喜びと驚きの声があがった。

 皆がその人に称賛を送っていた。仮面の美女は、地上に降りると、泣きじゃくる幼児をなだめている。近くにいた大人が、彼女に尋ねる。


「あなたは……一体何者なんですか」


 仮面の美女は立ち上がって言った。


「私は、ビューティー戦士レイミー」

「ビューティー戦士レイミー……」


 周辺の人々が口々に、その名前を繰り返した。一方、私たちは、その様子に困惑していた。


「あれ、望海先輩……ですよね」

「……そうだね」

「……何やってるんですかね?」

「ビューティー戦士だってさ」

「いいんじゃないでしょうか。少なくとも、確かに誰よりも美人ですし」


 望海先輩は、特殊保安官ネイティブガーダーを辞めた後で、やりたいことがあると言っていた。それはこのことだろうか?


「……やだ、かっこいい」


 一人静子が、熱っぽい表情でポツリとつぶやいた。

 私と土浦くんと芽衣が、驚愕の表情で静子を見返した。


 あとで聞いた所によると、望海先輩はヒーロー人形の変異体なのだといった。そして、人形に自身を重ねた結果、変異因子を発症したのだという。

 性的に反転することがある望海先輩のことだから、そこには一筋縄ではいかない経緯があるのだろう。けれど、ビューティー戦士となった望海先輩は、伸びやかに美しく輝いていた。それこそ、私たち女子が嫉妬するほどに。


 かくして、ゴーホームの活動に、非公式なヒーロー派遣業務も追加されることになった。

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