少年とおばあさま

28.浅場葵の秘めたる悩み

 私の活動は、ゴーホームズに関わったことで、無駄に充実したものになっていった。


「別に、深の場合は特にやることもないんだから良いじゃない」


 とは、ゴーホームズの路線変更時にまんまと私を裏切った静子のセリフだ。本人は、バイトに望海先輩の付き添いにと、心身ともに充実した日々を過ごしている。


 一方、土浦くんの主導するゴーホームズの地域防犯活動はNサポーターズのオマケ程度には地域で認知されるようになっていた。とくに成果をだしているわけではないけれど、健全な振る舞いが悪い印象になるはずもなかった。望海先輩のビューティー戦士レイミーは、非公式活動であったから、表には出せず静子が残念がっていた。


 それから、他にも変化があった。土浦くんの所属先だったNサポーターズと、芽衣の所属先であったウラカン、そのそれぞれを脱退した人たちが、いつのまにかゴーホームズの地域防犯活動のメンバーに加わっていた。その全員が、陽光学園の生徒だから別に問題無いのだけれど──何だか集まりの毛色が変わったような気がした。

 彼らは表向きは帰宅部に所属することになっていた。土浦くんと芽衣が、静子や私に迷惑をかけないから、と言ったのでしぶしぶ同意した。


 別にそれはいい。

 ただ、私の中では他の方向に嫉妬が募っていた。


「土浦先輩〜、今日も地域防犯に出かけましょ♪」

「望海先輩、レイミーに使えそうな新しいスカーフ見つけたんですけど、どうですか」


 それぞれ、芽衣と静子の言葉だ。

 土浦くんと芽衣、そして静子と望海先輩は、傍目から見ても明らかに、青春をしていた。一方、私はリーダーとして発言力もなく、呼び出されれば何かと雑用に駆り出されるばかり。──静子の言う通り、何かやるべきことを見つけないからいけないのかもしれないけれど。


 そんな事を考えて心を腐らせていたある日、久々に、ほんとうに久々に、私は葵と朝の通学で鉢合わせをした。


「元気?」


 葵は、いつかとかかわらない屈託のない笑顔を向けて話しかけてきた。


「何、その挨拶」


 私は、一瞬で顔が熱くなって鼓動が早くなってしまったのだけれど、それをごまかすようにして、ツンとした返事を返した。

 すると、葵は私の顔色を伺う。


「あれから変なこと起きたりしていないかなって。何かあったらと連絡先を交換したでしょう?」


 私は葵と連絡先を交換した。けれど、機会があったにもかかわらず、他愛もない連絡すら出来なかった。


 何故って?


 それは、元来のものぐさとタイミングを逃したことに尽きる。決して、男女関係の経験の少なさからくる、躊躇などではない。たぶん。


「少しだけあったかも……その幻をみるようなやつ」

「少しだけってことは、頻繁ではない?」

「うん、でも見えるときはけっこうくっきり」

「くっきり……」

「良くない?」

「いや前にさ、深の能力を聞いたら、そういう力は無いっていってたじゃない?」

「……? うん」

「でもさ、あれから考えたんだけど、あの薬は個人の持っている力を伸ばす薬なんだ。だから、やっぱり君の力が増幅されたんだと思うけどね」


 実感ないです。

 私に原因がある?

 私そんな能力あるのだろうか?


「何が実害は出てる?」


 あまり害はない。むしろそれどころか、誰かの理解に役立ち、危機を救う助けになったりもした。


「心配してくれてありがとう。でも、今の所問題にはなっていないから、大丈夫だよ。ただやっぱり自分にそんな力があったとは思えないなぁ」

「忘れてるだけかもよ」


 たしかにそういうこともあるかも知れない。けれどわからないものはわからない、とも思った。

 それから、葵は心配とは別に一つ相談があって探していたのだと言った。


「私に、相談?」


 他の客や生徒らにまじって、校舎へと向かうその途上、葵はもう一つ話をする。


「うん……迷惑かもしれないけど、俺さ、おばあちゃん子なんだけどさ、高校入ってから、ちょっと友達もあまり作ってないから、おばちゃんが心配しているんだよ。だから、今度俺の友達ってことで、家に来ておばあちゃんにあってほしいんだ」

「えっ」


 予想外の相談だった。

 いきなり、家に招待?

 おばあちゃん?


 私のリアクションを見て、怖気づいたのか、すぐさま葵は話を引っ込めようとする。


「……いや、変だよねこの相談は。今のさ忘れてくれていいよ」


 一方の私は、気持ちをなんとか隠しながら、葵の相談を了承する。


「……行ってもいいよ別に」


 今度は、葵が驚く番だった。


「……ホントに?」

「うん、その、友達のフリをすればいいんだよね?」


 ちょっと皮肉っぽく伝える。


「ありがとう! なんていうか、ものすごく助かる!」


 その様子は、嬉しさを隠さずに話す子供みたいだ。続けて葵は伺うように尋ねる。


「……いつなら、大丈夫かな?」


 帰宅部ですから、終日自由民で暇なんですけど、ここはもったいぶった態度を返すべきだろうかと──私は、これ見よがしに手帳らしきものを手に取る。予定を見るフリをする。


「……葵はいつがいいの?」

「んー、週末か、休みの日でもいいよ」

「それじゃ、次の休みの日に……ええと、どういう理由で私は会いに行けばいいんだろう?」

「理由? そうか考えてなかった……遊びに来るでもいいけど、ちょっといきなりすぎるかな?」

「休みがちな葵に、勉強を教えるとかさ」

「それだ、それがいい。何なら普通に教えてもらえたりする? 深、成績いいんだっけ?」

「……え」


 思わぬ問いかけ。成績は普通だけど、私は基本的にテスト前詰め込み型なので、授業はノートをざっと取る程度で、把握はしていない。

 教えろと言われると、ちょっと困るかも。


「……何の教科?」

「数学とか」


 得意ではない。


「わかった、準備しとく」


 でも、私は安請け合いをした。


「助かる。じゃあまた細かいことは別に連絡するよ!」


 葵は眩しすぎる笑顔を返すと、昇降口に消えた。私もそつのない笑顔で手を振る。

それから真顔になる。──私は来週の休みに向けて、葵のために数学を予習しなければいけなくなった。

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