54.敵対行動

 見知らぬ怪人たちに気づいた葵が、とっさに、私を守るような立ち位置に入る。

 そのうちの男の一人が声を発した。


「さっきの煙幕さ、あれは、一般人が買えないスモークだよねえ、どこで買ったの?」


 それは、湖で葵が使ったものをさして言っていた。

 葵が答える。


「……最近はネットでなんでも買えちゃいますよ」

「でも使っちゃいけないよね。怖いねえ、犯罪者じゃん」

「皆さんには言われたくないです」


 怪人たちは笑った。


「……どちらさん?」


 私は小声で葵に聞いた。


「蜂の怪人の仲間。ウラカンの上部組織だよ。こないだの駅前の事件の首謀者」

「……!」


 芽衣らが犠牲になった事件を裏で主導していた人たち? 葵は、ずっとこういう人たちとか関わっていたんだ、と理解した。

 葵が、私に手を差し出し、握るように促している。私は葵の手に触れた。たぶん葵は隙を見て、空へ逃げようとしている。

 すると誰かが脳天気に言った。


「君、ほんとびっくりしたよ。まさか一連の研究所襲撃事件の主犯たる蝶の怪人が、子供だなんてね」


 その口ぶりだと、葵の素性はつい最近まで割れていなかったらしい。身バレしたのは、目的の達成を早めた結果だろうか? あるいは私と関わったから?

 隙を伺っていると、竹林の中から、更に複数の男女が現れた。


「……!」


 彼らは、みな変異済の怪人だった。


「若い子が、これ以上罪を重ねちゃいけないよ? だからさ、おとなしく残りの変異促進剤アクティベーターを渡してもらえるかな?」


 つまりは、葵の薬を狙っているということか。やっぱり先程の争いは薬を巡ってのものであるらしかった。そして、大人の怪人たちの言い方は穏便な言い方だったけど、有無を言わせぬ圧力があった。

 しかし、葵は押し黙っている。怪人たちがにじりよってきた。


「いたぞ!」


 その時、他方で声が上がった。

 竹林に隣接する坂になった路地の両方からぞろぞろとやってくる一団があた。それは、警察と特殊保安官ネイティブガーダーだった。


 怪人と男たちの一団は挟撃されて逃げ場を失う。

 警官らは、対怪人ヴァリアント用のさすまたやら警棒やらを持っていて、怪人結社側の人員を捕縛にかかる。

 それを見た葵は、私を抱きあげると一瞬で宙に舞った。


「……!」


 それから、そのまま飛び去るかと思いきや、私はなんと特殊保安官ネイティブガーダーに投げつけられていた。


「って、ええええ!?」


 特殊保安官ネイティブガーダーがびっくりして、とっさに私を抱きとめる。振り返ると葵は羽ばたいて、湖の上空へと消えていった。──私を特殊保安官ネイティブガーダーに預けるのが安全だと判断したのだろうか?


「葵……」

「何、あの子……」


 その特殊保安官ネイティブガーダーや女性だった。私を地面に下ろすと、空を見上げて言った。

 それから、フェイスガード越しに私を見る。

 彼女の表情は見えない。


「あなた、さっき声を出していたわね? あの蝶の子と知り合い?」


 私的には、面倒なことになったなー、と思った。


「え、いえ……知りません」


 私は、嘘をつく。すると明らかに疑いの目を向けた特殊保安官ネイティブガーダーの女は、通信機をつかって、なにやら確認をとっていた。


「事件に関係があると思われる児童を確保。これから護送します」


 え、私は、連行される?

 お付きの警官がやってきて、私はその場から移動させられた。振り返ると、怒号が聞こえる。竹林の中では、特殊保安官側ネイティブガーダーの人員と怪人結社側の人員との間で争いがおこっているようだった。


 しかし、直ぐに見てはいけないとでもいうように私の視界は警官によって遮られた。そのまま、湖の外周の駐車場に停車する警察車両まで連れてこられた。


 私は、車両のそばに私は立たせられた。女性の特殊保安官ネイティブガーダーが、威圧的に質問してきた。


「で、何で叫んだの?」


 私は伏し目がちに応える。


「蝶の人が危なかったから」

「この事件に関係あるの?」

「関係ないです」

「なんでここにいるの?」

「観光で、たまたま」


 私はしらを切る。女の特殊保安官ネイティブガーダーが話を続ける。


「あの蝶の子ね、研究所から盗んだ薬で悪さをしようとしているの。だからね、私たちあれをとめなければいけないの」


 彼女は概ね状況をしっているようだった。

 ウラカンの人たちも葵が変異促進剤アクティベーターをもっていることを知っていた。これは、葵の言う通り、どこかで誰かが今回の葵の行動の件をリークしなければ、成立しない状況だ。


「……何言ってるかわかりません」


 すると特殊保安官ネイティブガーダーは眉間にシワを寄せ私を睨む。


「ちょっとごめんなさいね」


 特殊保安官ネイティブガーダーは私のボディチェックを初めた。やばい。アンプルが見つかったらなんて弁解しよう。そう思っていたら、彼女はアンプルではなく携帯電話を探り当てる。それを手に取ると、勝手に開いて覗こうとした。


「あっ!……返してください!」


 とっさに私は携帯を取り返す。葵との連絡を見られたらたまったもんじゃない。


「ちょっと、抵抗しないで」


 彼女は私を押さえつけて、再度奪おうとしてきた。

 私は、携帯電話を駐車場のアスファルトに叩きつける。すると携帯電話は見事に壊れて砕けてしまった。


「バカなことやって。そんな事しても、調べればいろいろわかってしまうのよ?」


 警官が携帯を拾う、外れたバッテリーを入れるが電源が入らない。

 やや憤慨した様子で、警官が壊れた携帯を私に渡した。私はそれをふんだくるように奪って言った。


「女子高生の携帯奪うとか最低ですよ」


 しかし、私の非難は無視される。私はパトカーの中に乗るように促される。仕方がなく指示に従った。──これで、誰とも連絡ができなくなってしまった。ただ、追求されればいずれ何かの関係は判明するだろう。


 今、私にできることはなんだろう?

 どうにかして逃げれないだろうか?

 私はそんな事を考えていた。

 女性の特殊保安官ネイティブガーダーが無線で何かを確認し空を見上げた。上空にまた蝶が現れる。葵だった。


「……!」


 私もパトカーの中から、葵を見る。葵は何をするつもりだろう。そう思っていたら、彼は小瓶を取り出して、キャップを湖に投げ捨てた。それから中身をぐいと飲むと、すぐさまダム湖の中に飛び込んだ。警官も、その光景にはおどろいていた。


 私は、理解する。葵はプログラム用の機材を失ったと言っていた──ということは、葵は自身を媒介にして変異促進剤アクティベーターの発動を行うつもりだ。

 しかし、問題はそれだけではない。葵は蝶だ。蝶の翅が濡れたら、彼は飛び立てず、気管が塞がれて溺れてしまうだろう。加えて、変異促進剤アクティベーターは、文字通り変異を促進させる薬剤だ。彼は完全に人でなくなるかもしれない。いつかの静子のように。


「助けて! ねえ今すぐ葵をたすけて!」


 私は、動転してパトカーから出ようとする警察に訴えかける。


「静かにしなさい!」


 しかし警官らは、私をたやすく押さえつけて行為を諌めた。

 特殊保安官ネイティブガーダーの女が、同乗する警官に、車外へと出てくるように促す。警官らは私を警戒しつつも、パトカーの外に出た。


「……」


 私は無気力になって、特に何の反応も返さずに、呆然としている。いち、女子高生が大人たちの捕縛をから逃げ出すだなんて、不可能だ。──特殊保安官ネイティブガーダーの女性がどこかに無線をしているのが聞こえる。


「そうよ、薬を飲んでとびこんだの! 情報のとおりだと、最後の培養がはじまるわよ!」


 どうやら警察側も変異促進剤アクティベーターについて知っているようだった。湖面が、ところどころ七色に輝いている。最後の培養だろうか? 私には、それが葵の命が光っているようにも思えた。


 このままでは、葵は死んでしまうかもしれない。


 私は、心の中で泣いていた。だれか、助けて。純人類ネイティブズでも変異者たちヴァリアンツでも誰でもいいから、葵を助けて。


 ──しかし、今の私に出来たのは警察車両の中から、絶望的な気分でもって七色の湖面を見つめる事だけだった。

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