53.再会する二人

 地図で指定された場所は、人気のない山間をぬう坂の途上にあって、周囲は竹林になっていた。

 その林の木陰に、半分だけ人の姿に戻った葵がいた。


「葵……」

「さっきは、ありがとう、助かったよ」


 葵はすこし嬉しそうに笑っていた。私は葵に近づいてい驚く。


「葵、その格好どうしたの?」

「ちょっとね」


 葵の服はひどくよごれ、腕などは痣だらけだ。たぶん、さっきの蜂とかとやりあったのだろう。


「大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」


 やせ我慢しているようにしか見えなかった。

 私は尋ねる。


「亜子さん心配してたよ、葵が無茶している話を伝えたら」


 私は躊躇なく、葵の秘密を亜子さんにばらしたことを伝えた。


「……そう、よかった。おばあちゃんと仲良くなってくれたんだね」


 しかし、葵は特に驚かず笑顔で答えた。

 私は言葉を返す。


「そういうつもりで言ったんじゃないよ」

「それで、危険だから止めに来たの? こんな事やめなさいってさ」

「そうだけど、違うんだよ。今葵がやっていることは、亜子さんとか、いろいろな人が悲しむかもしれないから、止めてって言いに来たの」


 葵はすこし言葉につまる。


「……いろいろって……誰がいるの?」

「それは……亜子さんとか」


 葵の周りに誰がいるかなんて、知らない。


「死んだお祖父様とか、ご両親とか、昔の友達とか」


 葵は、目を細める。


「私とか」

「深は優しいね」

「……」

「僕と祖母のために、そこまでしてくれる人なんていないから、そういうふうに心配されて、気遣われて、とてもうれしい」


 それは本心からの言葉だと思った。


「でも、ごめん無理なんだ」


 その上で断られることも予想できた。


「もうはじめちゃったし」


 それも、予想していた。

 私はポケットに忍ばせた、初期化剤イニシャライザーのアンプルの感触を確かめる。


「もう、二つのダムには原型変異促進剤プロト・アクティベーターを散布済だよ。培養も進んでる。あとはここに最後の薬を投げ入れるだけなんだけど、ちょっと邪魔されちゃった。流石に市街地に近いと難しいね」


 葵は他人事のように笑って言った。

 培養が始まっているなら、ちょっと急いだほうが良いだろうか? 亜子さんの話によれば、川はそれぞれ合流地点や水路でつながっているから、一箇所に初期化剤イニシャライザーを投与すれば、その川からさかのぼって無効化できるとのことだった。


 ただ、いずれにしても投与された湖のどれか1つには行かないと駄目だけれど。

 葵は原型変異促進剤プロト・アクティベーターの小瓶を取り出すと、私に見せつけるように、手のひらで弄んだ。


「……それ、投げ入れるくらいなら容易いんじゃないの?」

「うん、でも実はまだプログラムが終わってない。このままじゃだめなんだ。さっき設定用の機材こわされちゃって。何とかしないといけないんだよね。培養二箇所でも十分だけど、やっぱり出来ることはやりきりたいなあ」


 葵はまだまだやる気だった。一方の私も確認しなければならない。──葵の真意を。


「何故そんなに急ぐの?」

「何が?」

「亜子さん言ってたけど、大学を出て、研究所とかから正しいルートで広める方法だってあるんでしょう?」


 葵の顔が曇る。


「……それだと時間がかかりすぎる」

「だから、なんで時間がかかっちゃいけないの?」


 葵は黙ってしまった。


「何かあるなら話して、私はそれ次第で、葵の敵にもなるし味方にもなると思う」

「……別に、深には関係ない」

「もう関係なくないよ。だってさ、私もその昔、たぶん原型変異促進剤プロト・アクティベーターを投与されてるんだから。私、葵とはちょっと違うけど、ステージ三以上の変異保持者になる可能性があったらしいの」


 いつか、自分の過去を幻視したとき、私に注射を打ったのは葵のお祖父ちゃんだった。

 葵は、驚いていなかった。


「知ってる」

「……知ってたの?」

「おじいちゃんの過去の記録に、深の名前があった。だから興味をもったんだ」


 私も驚かなかった。そういう可能性は予想していた。


「なら当事者の権利があるよね? 急ぐ理由を教えて」

「……」


 しばらく考えた後で、葵は言った。


原型変異促進剤プロト・アクティベーターの設定方法は、僕とおばあちゃんとおじいちゃんしか知らなかったんだ。けど最近、それが他人の手に渡って解析され始めている」

「……え」

「解析しているのは僕の両親なんだ。彼らはもう半分くらい原型変異促進剤プロト・アクティベーターのプログラムの秘密を解いちゃった」

「それ、本当なの?」

「うん……だからさ、急いでやらないと、うちの親が勝手にこの世界を作り変えてしまうかもしれない。或いは原型変異促進剤プロト・アクティベーターを完全に封印するかも」

「……」

「これで、急いでいる意味がわかったでしょ? だから止めないでほしい」

「……ご両親なんでしょ? 説得できないの?」

「言ったでしょ。ずっと疎遠だったんだ、そんなこと出来るわけない」

「やってみなけりゃわからないじゃん」

「わかる!」


 葵は出会って初めて、声を荒げた。

 そして怒りと悲しみの混じった表情をしていた。その顔は、誰に向けたものだろうか?

 

「そんな顔しないでよ」

「……」


 私が指摘すると、葵は少し気を落ち着かせた。


「……警察と怪人結社が僕の行動に気づいたのも、うちの両親が知らせたんだ。うちの親は、自分たちのために、自分の親と子を犠牲にできるんだよ」


 実際に、会った訳ではないから、ほんとうにそんな親がいるのかどうか、私にはわからない。ただ、その口ぶりから葵が、本当に戻る事の出来ない所まで来てしまっていることだけは理解できた。


 一連の話を聞いた後で、私は迷い始めていた。どうすれば誰も悲しまずにすむのか、ちょっと、わからなくなっていた。葵の行動の理由はわかった。

 ──ならどうすべき?


 そんなことを考えていると、竹林から怪人たちが現れた。

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