52.戦闘開始

 私は、平日の早朝、家を出た。

 制服はトイレで着替えて紙袋に入れて、ロッカーに保管する。学校には、ズル休みの連絡を電話で入れた。こういう時、私は何故かとても口がよくまわる。病院へ向かう途上という設定をでっち上げ、よどみ無くウソの体調不良を押し通した。


 それから、ダム行きのバスが出ている最寄りの駅まで、電車を乗り継いで向かう。少し迂回することになったが、目的の土地までの鉄道網は充実していて、在来線だけで十分に目的地へと移動ができた。

 何度か乗り換えるにつれて、客層が会社員や一般人から、登山客や地元の人へと変わっていった。車内販売でお茶とスナック菓子を買って食べながら、そういえばこういう一人旅ははじめてかもしれない、と思った。


 私は、午前中の早い時間に目的の地にたどり着く。バスが出ている相良湖駅前に降り立つと、そこはちょっとした観光の玄関口になっていた。

 休日だから、駅前の道には観光客と観光に訪れた車両が多数止まって、渋滞している。

 ただ、そこにいたのは一般車両だけでなく、警察車両も多かった。


「……また何かあったの?」


 観光案内所の入り口のシャッターが半開きになっている。やっているのかやっていなのかわからないような状態だったけれど、案内人らしき女性が居たの声をかけた。


「なにかあったんですか?」


 すると女性は言った。


「城が瀬ダムで、事故があったらしくて道路が閉鎖されているんですよ」


 嫌な予感がした。


「……事故ですか? どんな?」

「さあ、そこまでは。ただ警察が封鎖しているから、一般の車がこっちに迂回してきちゃって混んじゃって大変」


 女性はやれやれ、と言ったふうに応えた。

 なるほど、この渋滞は、路上封鎖の結果なのか。


 では、何の事故が起きているのか?

 それは、葵絡みではないだろうか?


 そう思って町並みを眺めていたら、サイレンをならしたパトカーが駅前を通り過ぎた。私は携帯をとりだして周辺地域のニュースをみる。

 すると現在、相良ダム、宮山ダム、城が瀬ダムへ向かう三つのルートすべてが、事故により通行禁止になっているという情報が目に止まった。


 携帯で地図を開く。もっとも近い相良湖まで徒歩で九分と出た。──私は、とにかく湖へ出てみようと思った。

 相良湖までの周辺は、ほぼ住宅地で、そこを抜けると湖に隣接した公園があるらしかった。別に湖にたどり着いたとしても、葵に会える確証はない。けれど、私には何故かそのうち会えるんじゃないかと勝手に思っていた。


 コレもたぶん勘か、或いは薬の力か。


 そういえば、ウチの家系の女はすこぶる勘がするどい。今更ながら気づいたけれど……もしかしたら、私も薬のせいでそれが強まったのだろうか? そういうことなら、色んなものを幻視するのも理解できなくもない。

 ならば、必ずたどり着けるはず。気持ちははやり、足取りは軽かった。


 相良湖は山間にある湖であるから、地元とちがって、ずいぶんと涼しかった。

 これが別の目的であれば、気分も違ったのだけれど、あいにく目的は、何事かをやらかそうとしている葵に会うことだ。私は、そこはかとない緊張をしている。


 私は規則正しく息をはく。涼しくてもうっすらと汗をかいた。道はちょっと凸凹していたから、スニーカーを履いてきて本当に良かったと思った。程なく湖が見えてくる。濃い色をした富栄養状態の湖だ。そして、公園に隣接した観光客向けの駐車場にも、その半分を占拠するような形で警察が止まっていた。

 もっと湖まで近づきたかったが、立入禁止のテープが貼られて、無理であるようだった。


 周囲にはちらほら野次馬も見える。

 私は、野次馬にまじるような形で、非常線のギリギリまで近づいてみる。すると、警官たちはしきりに、空を見上げていた。


 何かの衝撃音。獣めいた叫び声。見上げれば、上空で何者かが争っている。


「……!」


 私は、その片方を見て驚く。

 それは、蝶の怪人の姿になって、蜂の怪人ともつれ合っている葵だった。蜂の方は、いつか相良川の座国橋あたりでみた怪人だろうか? 葵は蜂に追われていた。掴みかかろうとする蜂をギリギリのところでかわしていた。どう考えても蝶のほうが、分が悪いと思った。


 それから、私はもう一つ見知ったシルエットを見つける。警察車両のすくそばに、特殊保安官ネイティブガーダーがいる。それは、同じく相良川で出くわした、二人組の特殊保安官ネイティブガーダーだ。特殊保安官ネイティブガーダーは、無言で湖岸を移動し時折空を見上げる。上空でもみ合う葵と蜂の怪人をねらっているように見えた。


 次第に高度をさげる、葵と蜂の怪人。私は、特殊保安官ネイティブガーダーがどれほどの跳躍力だったかを思い出す。たぶん、本気で飛べばかなり高くジャンプできるんじゃないだろうか?

 このままだと高度を落とした拍子に叩き落とされて、葵は捕まってしまう。


 私は、叫んだ。


「下!」


 私の声に前後して、飛び上がる二人の特殊保安官ネイティブガーダー。すんでのところで高度を上げる葵。彼らの腕が空を切った。

 一方もう一人の特殊保安官は、蜂の怪人を叩き落としていた。


 それから、警察が一斉に私の方を見る。私は、人混みにまぎれて逃げた。

 振り返ると、駐車場に混乱が起こっている。何かモクモクと色のついた煙幕が広がっているのだ。


「……?」


 私は、人混みと煙にまぎれながら、湖畔の駐車場を去ると、路地を縫うように抜けて住宅地に出る。湖の方は色付きの煙がかなり広がっていてよく見えない。あれは火事とかではなくて、意図的に撒かれたものだろうと思った。


 先程からドキドキが止まらない。顔を見られたかもしれない。葵の関係者だと思われたかも知れない落ち着こうとして、深呼吸すると、ちょうど携帯電話が鳴って、心臓が飛び出るかと思った。

 それは葵からのメッセージの着信だった。


『深、何で来たの?』


 シンプルな問いかけだった。葵は、私に気づいていたようだった。


『言いたいことがあって、会いに来た』


 私は、それに返信した。

 しばらく間があってからメッセージがふたたび飛んでくる。そこには、携帯地図の座標が記載されていた。 どうやら落ち合うつもりらしい。その場所は、湖からだいぶ離れた山間にあった。


 そこまでこれる?と、記載があったから、すぐ行く、と返信をして私はふたたび移動を開始する。

 途上、バックパックから亜子さんにもらった初期化剤イニシャライザーを取り出して、ワンピースのポケットに忍ばせた。

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