はまぐり少女と恋の結末

55.絶望からの希望

 一人車内にとりのこされた私は、車に据え付けられた液晶時計を見ていた。

 葵が湖に飛び込んでから、すでに五分が経過していた。

 ふと私のポケットが振動している。携帯が振動しているようだ。


「……?」


 私は携帯を取り出す。携帯はこわれていたはずだ。──しかしそれは、ずっと振動していた。


 画面は表示されていない。バイブレーションは断続的で、とても気味が悪かった。なにやら声が聞こえる。誰かが喋っている。私はおそるおそる耳を近づける。すると聞いたことのある声が私を呼んでいた。


『天ヶ瀬先輩! 聞こえますか? 天ヶ瀬先輩!』

『どう? 出そう?』

『んー、電源切れてるのはわかるんですけどね、気味悪がって出ないのかも?』


 それは、静子と芽衣の声だった。どういう仕組かわからないが、電池の切れた携帯電話越しに声が聞こえた。

 私は、あわてて端末の呼びかけに応える。


「もしもし、芽衣? 静子? あたしだよ」

『天ヶ瀬先輩! 良かった! 出たんですね』


 私は車外の警官に気付かれないように小声で応える。


「どうしたの? てか、どうやってかけたの?」

『私、メディアの怪人ですよ? これくらい簡単です。いつかもいろいろやってたじゃないですか?』


 いろいろ? ──ああ、私はアドレスもしらないのに勝手に連絡が来た件を思い出した。

 私は小声で尋ねる。


「それで、なんでかけてきたの」

『ダムで事件だってニュースで見たんです。先輩は無事ですか?』

「無事だけど……葵がダムに落ちたの」

『ああ、彼氏さんですね! ていうか花井先輩以外にフラれたの黙ってるのどうかとおもいますよ』

「いや、みっともなくて言わないでしょ普通……」


 私は思わずつっこんだ。


『深、あんた今どこ!』


 静子の声が割って入る。


「今……相良湖のどこかの駐車場だよ」

『公園だって、芽衣、わかる?』

『わかりました! あそこ!』


 なにやら逼迫した声だけが聞こえる。

 つづいて、ドン!と大きな音がして、振り向くとパトカーのすぐ脇に、普段とは違う仮面をかぶった望海先輩がいた。


「怪人だ!」


 そこにいた警官が一斉に反応する。もちろん特殊保安官ネイティブガーダーの女性も。


「ごめんなさいっ!」


 望海先輩は、女性の特殊保安官ネイティブガーダーと組み合うと、躊躇なく投げ飛ばして地面に叩きつけた。コンクリートに大穴が開くくらい叩きつけられて、悶絶する特殊保安官ネイティブガーダーの女性。

 容赦ないなぁ、と思った。


 警官は無線機で応援を呼んでいる。望海先輩は追いすがる警官らをヒョイと払いのけると、私の乗る車両まで来てドアを開けた。


「天ヶ瀬さん! 行くよ!」

「は、はい」


 望海先輩は、私を連れ出すと小脇に抱える。跳躍すると、その場を去った。

 私は、抱えられたまま、望海先輩に尋ねる。


「な、な、なんで来てるんですか?」

「花井さんがさ、何かおこるかもしれないからって俺らを急に呼び出してさ。それでニュースを見たら大変なことになっててさ、万が一を考えて来たんだ」


 静子がなんで? どうやって気づいたの? いや、問題はそこじゃない。


「け、警察だっているんですよ、みんな捕まっちゃいますよ」

「大丈夫。無線とかいろんな機器は芽衣とその仲間が抑え込んでいるし、作戦の指示は土浦くんだし、実働しているのは俺と花井だけだから」

「静子も? ……何をしているの?」

「ああ、あれだよ。揺動をしてもらってる」


 望海先輩は空を見上げる。

 すると、周囲が幻の波しぶきで満たされる。遠くから様々な海洋生物を従えたクジラの鳴き声が聞こえる。


「静子!?」


 私が叫ぶとクジラは潮をふく。

 そのクジラは、他の人にも見えているらしく、多くの人々が空を指さしていた。空飛ぶクジラが時折、地面に体当りする。すると風が巻き起こって、周辺は大混乱だ。


「それで、何があった? どうするんだ?」


 そうだ、葵を助けなきゃ。


「……望海先輩、あの橋のあたりまで行けますか?」

「いいけど、何するの?」

「葵が湖に落ちたの!だから飛び込む!潜って探してくる」

「……潜るって天ヶ瀬さんは、大丈夫なのか」

「あたしも、怪人だから」

「ああ……そうか、そのあとは?」

「水の中なら、わたしは何処へでもにげられる……用をすませたらたぶん大丈夫」

「……わかった」


 ちょっとウソをついた。私一人なら逃げられても、葵がいるから、どうなるかはわからない。けれど望海先輩は何の疑いもなく、私を抱えると、ふたたび跳躍して、湖にかかる大橋に向かう。


 すると後ろからは、立ち上がった女性の特殊保安官ネイティブガーダーが追いかけてくる。フェイスガードがふき飛んでいて、怪人の顔が露出していた。その頭は豹で、その表情は明らかに怒り狂っていた。

 私は望海先輩につれられて、大橋までやってくる。


「俺、あの人止めてるからさ、あとは走っていきなよ?」


 私を橋の入口に下ろすと、望海先輩は言った。


「ありがとうございます……あと望海先輩すごい綺麗ですよ」


 すると望海先輩は驚いた顔になる。


「でしょ?」


 望海先輩は、たぶん仮面の下で笑顔になって、追ってきた狼の特殊保安官ネイティブガーダーに向き合う。私は走って橋の真ん中辺りまで向かうと、柵を乗り越えて、橋の上に立った。

 そして、躊躇なく足から湖に飛び込んだ。


 待ってて葵、今助けに行くから。──私は心の中でつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る