48.鱗まみれの子供
静子との電話を終えて家に帰る。すると両親がいた。
ここの所、父と母の帰宅が早いなって思っていたら、開口一番、母が衝撃の発言をした。
「結局、ここの家を売ることにしたよ。お父さんの言うとおりね」
それは、かねてより天ヶ瀬家の水面下で燻っていた懸案事項だった。
幼少時から暮らした馴染みの家を売りたくない母と、維持費や遺産分配のお金の建て替えを適切ではないと考えていた父との衝突。なんなら、近い将来の別居や離婚の原因となる事案。それが、今日、決着がついていた。
「……なんでまた?」
「それはね……あなたがいるからよ」
「はい?」
何でまた、みんな揃いも揃って、私に期待をかけるの?
私は、学校であった仲間や、先程の静子とのやりとりを思い出して、またモヤモヤしはじめる。
「あなた、こないだ変異症発症して倒れたでしょ? 昔からそういうの多かったのにすっかり忘れてたのよね私たち」
「はあ」
「こないだは、家にたまたま俺がいたからよかったけどね、今度は深が倒れても見つけられないかもしれない。そう思ったらねここを売って、深や互いの仕事の都合が良いところに越したほうが良いってことになったんだ」
「……そうそう、でね結局、おとうさんが借り始めたマンションでいいかなって。あそこなら深も学校変わらないでいいでしょ?」
「……あたし、もう健康だよ? ピンピンしてるのに、そんな理由で引っ越すの?」
すると、父と母は顔を合わせる。すこし深刻な顔。それから改まって、お父さんは口を開いた。
「……あのな、あまりちゃんと言っていなかったけれど……深はさ、生まれたばかりの頃、複数の変異因子を持っていたせいで、長生きできないかもしれないって言われていたんだよ」
え、初耳。私そんな状態だったの?
「それで、当時いろんなお医者さん頼ってね、ある時とても良い先生に出会って、複数の因子を一つに統合する治療をしてもらえたんだ。それでちゃんと大きくなれた」
「……複数って?」
「うちはほら、因子が多い家計だろ? 母さんは蛇の因子保持者で、俺は雉だ。祖父は猿で、祖母は人だったけれど神降ろしの家柄だし、それらが絡み合ってね、悪さをしていたんだ」
「それに深はね、ほんとは、はまぐりじゃなかったかもしれないのよ、ええとなんと言ったっけ?」
「蛟だよ」
「みずち?」
「龍の子供みたいなものだよ」
「りゅ、龍?」
それは、だいぶ化物じみた変異因子だ。
「正確には蜃っていうらしいんだけどね、君の名前は祖母がそこから取って名付けたんだ」
私は理解する。腕に鱗が生えた理由を。
「それでこないだ鱗があったの?……あたし、その怪獣みたいな化物になってたってこと?」
「ごめんなさい、ショックだった?」
母が気遣う。
「いや、別に……実感ないだけで」
「写真とかあったんじゃないか?」
「あったかしら?」
「え、いいよべつにそんなの……」
──私、はまぐりじゃないのか。
まあでも、今となっては考えても仕方がない事だ。私が龍だとかそういうことよりも、喜ばしい話は、父と母の離婚の可能性の回避だ。
父と母が、たぶん仲直りをした。
「写真は探しておくよ。あとまあ、家についてはとにかく、そういう訳だから、近々引っ越しをするかもしれない。ちょっと母さんと予定を相談するから、そう思っておいて」
私は、二人の話に頷いて同意した。なんともまあ、急展開な事だ。でも、色々聞いた限りでは、悪い話しではない。いろいろなネガティブな事の多い最近にあって、とてもポジティブな出来事で、とても良いことだ。
私は、久々にちょっと晴れやかな気持ちになって、鼻歌交じりにお風呂に向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。
湯船に身体をつけると、すぐに水中に潜った。はまぐりだから、ずっと息が続く。でも、はまぐりだけど、はまぐりじゃなかった。私は、湯船の中で目を開けて身体をチェックした。
鱗はない。
もう一つの因子が強かったら、私にはどんな特徴があったのだろう? そんなことを考えながら身体を洗ってお風呂を出た。それから、着替えを終えて、さっさと布団に入ると、携帯で先程母親が言っていた単語を検索した。
蛟、蜃、龍。
すると、ちょっとグロテスクな画像が出てくる。普通の龍の姿もあるが、複数の首があるでっぷりとした爬虫類もでてくる。それは、中国の幻獣の一つらしかった。
「ちょっと、あたしグロくない?」
幸いにして、私は蛤にも龍にも変異することはなかった訳だけれど。
ただ、例え私が化物であったとしても、あまり不安にはならなかった。私が、蜃なり蛟なり、あるいは蛤なりに変異したとしても、父と母は、きっと私を愛して育ててくれただろう。
そこだけは、確信めいたものがあった。
私は、物思いにふける。
最近起きた出来事は、いろいろと目まぐるしくて、目が回った。髪も乾かさずに布団に倒れ込む。もぞもぞと寝返りを打っているうちに、私は眠りに落ちた。
* * *
──そこは夢の中だとすぐ自覚できた。
風景は今私が住んでいる天ヶ瀬家なのだけれど、様子が今とはちょっと違っていた。今は周りがブロック塀なのだけれど、その天ヶ瀬家は垣根に囲まれている。
私は、雰囲気の違う玄関から、家に上がり込む。すると、居間には四人の大人がいる。
ひとりは母、ひとりは父、そして、祖父と祖母。父が、フォーマルな姿をして、見たことのない大テーブルを挟んで、祖父と祖母に向き合っている。父の隣には母がいて、父が頭を下げている。全員若い。そして母のお腹が大きい。
え。
これ、ようするにアレじゃないの?
そう思った直後、父は、祖父と祖母に向かって告げた。
「た、た、多江さんを私のお嫁さんとしていただきたいです」
しどろもどろの父だったから、私は思わず吹き出した。これは、本当にあった出来事だろうか? そんなことを思っていると、場面は暗転して、ベビーベットを覗き込む両親と祖父と祖母になる。
ベッドにいるのは私だ。
なるほどベビーベットの子は肌に龍の鱗がある。やっぱりこないだの腕に生えた鱗は私由来のものなのだと思った。それでも、両親も祖父も祖母も笑っている。
それから、私は医者の診察を受けている。
初老の医師で、鱗まみれの私は、注射を打たれて泣いていた。医者は苦笑いし、母が、すいません、しょうがない子ね、と、私をあやしていた。それらの一連の光景は私の記憶になかった。ようするに、物心が付く前ということだろうか?
母が、泣きわめく鱗まみれの子供を抱き上げてあやしている。
傍らで、父が、どうにか娘の気をそらせようと、変な顔をみせて笑わせようとしている。それは、幾度となく世界中で繰り返された、親が子をあやす様子と何ら変わる事のないものだった。
そして、私は目を覚ました。
目覚めた時に、ちょっと泣いていたのだけれど、それは自分が化物だからではなく、そんな姿をしていても、父も母も祖母も祖父も変わらず私に接していてくれたからだ。いろいろと自分のことが理解出来た気がした。
私は、自らを化物だといった葵を思い出す。
私にはあったが葵にはなかったものがある。ならば、私に出来て葵に出来ないこともあるんじゃないだろうか?
私は、もう一度葵に合わなきゃいけないと思った。
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